2013年3月23日土曜日

歴史漫画

  知らない人は知らないが知っている人には超有名ということは多々あるもので、・・・というか、世の中の多くの事柄はそうである。
  近所の奈良大学も文化財学科や史学科の世界では超有名というオタクっぽい大学で、全国の自治体の教育委員会の発掘現場等にその卒業生が多い。
  何回かこの大学の公開講座等に参加している関係で、先日はオープンキャンパスの目玉の「宮下英樹先生を囲む講演会&座談会」の案内をいただいたので参加した。
  ところで、戦国歴史漫画家の宮下英樹先生というのも私は知らなかったし、戦国武将というのも私の興味の外であったが、講談社のヤングマガジンでデビューし500万部以上の売り上げを誇る有名な戦国歴史漫画家だという。(後日、大型書店を覗いてみたら目の高さの段にセンゴクシリーズというのが並んでいたから、本当にベストセラー作家なのだろう。)
  特徴は、ズバリ通説に寄りかからず、「最新の学説ではこうだ。」とか、「俗説通りの戦はありえなかった。」とか、精密な時代考証と大胆な仮説の提起などを含む「常識を覆すリアルな戦国合戦譚」と評されているらしい。(この部分は受け売り)
  という漫画家と大学教授や、大学の城郭研究会の学生等も交えての松永久秀と信貴山城の話は面白かった。
  ただ、この講演会に限らず歴史講座の受講生は圧倒的に高齢者である。大学としては来年度の 進路を考えている高校生を集めたいのだろうが、その多くはご同輩の皆さんで、心なしか大学側の表情は微妙であった。

 写真はオマケで信長をスラスラと描く宮下氏。
 見ていると、その漫画の読者というかファンと思しき青年たちは眼をキラキラと輝かせて見入っていた。
 現実社会には非正規雇用という暗い壁が立ちはだかっているが、レキジョ(歴女)という言葉が市民権を得たように、青春時代からこのように「歴史をやりたい」という具体的な夢を持つことのできた青年たちは少しうらやましかった。

  それはさておき、(1) 以前の講義で聞いたことだが、普通の県なら「〇〇城址」等は熱心に発掘調査され、あるいは復元されたりしているが、ここ奈良県は「古代以前でないと歴史でない」「古代の発掘さえあと100年以上かかるだろう」という土地柄。もっと悪く言えば「中世なんか歴史でない」とでも言うような冷淡さで、中世城郭の調査はほとんど手がついていないと言われている。だから、奈良の城郭を研究するといくらでも論文が書けるという冗談がある。青年たちがんばれ。

 (2) 常山紀談(じょうざんきだん)巻之四
 「東照宮(とうしょうぐう) 信長に御対面のとき、松永弾正久秀、かたえにあり、信長、この老翁は世人(せじん)のなしがたきこと三つなしたるものなり、将軍を弑(しい)し奉り、またおのが主君の三好を殺し、南都の大仏殿を焚(やき)たる松永と申すものなり、と申されしに、松永汗をながして赤面せり、」・・・・これについては、河内将芳教授が「史料も疑って検討しろ」とのこと、納得。

 (3) フロイス日本史
 「都の統治は、この頃、(次の)三人に依存していた。第一は公方様で、(中略)第二は三好殿で、(中略)第三は松永霜台(そうたい)で、大和国の領主(であるとともに)また三好殿の家臣(にあたり)、知識、賢明さ、統治能力において秀でた人物で、法華宗の宗徒である。彼は老人で、経験にも富んでいたので、天下すなわち「都の君主国」においては、彼が絶対命令を下す以外は何事もおこなわれぬ(有様で)あった。・・・・という史料もある。さて平蜘蛛の茶釜を抱えて爆死した乱世の梟雄だったのか有能な文化人だったのか。

 (4) 久秀と堺
 私の故郷堺に関わって言えば、権勢をふるっていた久秀は永禄9年三好義継や三好三人衆等に堺で囲まれて窮し会合衆に講和を頼み込んだ。会合衆は三好方に「三好方が勝ったこととして堺を去らなければ松永方に付く」と宣言。義継は後々の軍資金の徴発を考えて勝鬨をあげて去ったという。自治都市堺の面目躍如たる話も伝わっている。 

4 件のコメント:

  1.  ずっと以前のプログでΓ時間は皆に平等に流れている」と紹介されていましたが、長谷やんは流れる時間を実に有効に有意に活用されているかよくわかります、同じに平等に流れている時間を有意に過ごしている長谷やんには頭が下がります。
     時が過ぎるがままにながせれている小生はこのブログで長谷やんの言おうとすることが理解できません、同じに流れる時間を無為に過ごしている者との違いなんでしょうね?

     少しでも近づければとは思いますが無理なように思いますが出来る限り同じレベルで話し合えるよう
    頑張ります。

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  2.  茅渟の海さん、こんばんは。私の統合失調気味の記事、申し訳ありません。以前から「お前のブログは何を言いたいのかわからん」とのお叱りは多々受けておりますが、なかなか能力がついていきません。
     できればコメントのやりとりで「談論風発」のようになればと願っております。
     そこで、・・・・私は今回「歴史コミック」なるものを初めて知り驚きました。
     この大学は高校生に宣伝をしたかったのでしょうが参加者の多くは高齢者で笑いました。
     それでも「将来歴史をやりたい」と思っているような若者もいて感心しました。
     イベントのテーマは全く書いていませんが松永弾正久秀でした。
     (1)は、「奈良県」と「中世の城」から思い出したことで、奈良県のちょっと驚く特異性です。
     (2)は、有名なエピソードですが、史実とは異なるようです。
     (3)は、なかなかの人物らしく書いていて、こういう史料は外にもあります。
        信長にしても秀吉にしても、一般のイメージと歴史の真実は多々異なるようです。
     (4)は、三好や松永というと、堺にとっては避けて通れない人物なので、蛇足ですが書きました。
     じゃりんこチエや博多っ子純情を思い出すコミックのことを書こうか、少子化社会の大学の苦労を心配しようか、世間の常識と歴史のギャップを書こうか、松永弾正と中世の堺を書こうかと迷いながら書いたらこうなりました。

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  3. ぼくは大学では歴史を専攻しましたが、東洋史の先生は、井上靖の小説を読んで歴史学を学ぼうと思うなとよく言っておられました。その前には横山光輝の三国志の漫画が流行っていて、学問としての歴史にロマンチックなものや壮大さを求める学生が多かったのだと思います。実際には歴史学や考古学はめっちゃ地味な作業の繰り返しで、辛抱が必要であると同時に全く別のおもしろさがあるのですが、オープンキャンパスに来ていた子は初志貫徹するでしょうか。

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  4.  私などの好んで受講する古代史の先生方はまるで小説家のようです。
     文学の上野誠先生が史学の水野正好先生を「まるで昨日卑弥呼に会ってきたように話される」と冷やかすぐらいです。
     そうそう、私の若い頃は白土三平の「忍者武芸帳」や「カムイ伝」が唯物史観漫画とか言われて流行りました。時代を感じます。
     

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