2017年2月9日木曜日

明日も節分

   イクジイをしていてNHK Eテレの子ども番組を見ていると驚くようなクオリティーの高さに感心することがある。
 2歳ぐらいからの幼児を対象とした「にほんごであそぼ」という番組では「三人吉三廓初買」の有名なお嬢吉三の台詞のさわりを教えていたのには心底飛び上がった。

 念のため、そこの台詞の全てをあげるとこうである。
 「月も朧(おぼろ)に白魚の 篝(かがり)も霞む春の空、冷てえ風も微酔(ほろよい)に 心持よくうかうかと、浮かれ烏(うかれがらす)のただ一羽 塒(ねぐら)へ帰る川端(かわばた)で、棹(さお)の雫(しずく)か濡手で粟、思いがけなく手に入(い)る百両、[御厄(おんやく)払いましょか、厄落し(やくおとし)、という厄払いの声]ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹(よたか)は厄落し、豆沢山(まめだくさん)に 一文の銭と違って金包み、こいつぁ春から縁起がいいわえ」

 「NHK朝ドラだけが平和主義」ではないけれど、EテレやBSには素晴らしい番組も少なくない。

 それはさておき、「ほんに今夜は節分か」にちょっと引っかかって調べてみると、上方では(当然に)太陽暦の立春の前日が節分だったが、江戸では実際の節分とは異なって、旧暦(太陰暦)の12月30日と1月6日と14日を節分と決めていたという。
 そして芝居のこの場面は、正月14日の節分の夜らしい。
 で、・・・明日2月10日は旧暦の正月14日。

 蛇足ながら、ネットの解説から要旨引用すると、
 月もおぼろに見えて、江戸湾でやっている白魚漁のための篝火もかすんで見える、すっかり春っぽく霞がかかった今夜の空、
  (真冬ほどではない、程よく)冷たい風が、ほろ酔いの火照った体が気持ちいい。そんな風に当たりながら気持ちよくうかうかと、
  月夜を昼間と勘違いして飛び歩く浮かれカラスみたいに遊び歩くお嬢吉三自身が飲み歩いてひとりでねぐらにしている場所に帰るそのときに通る大川(隅田川)端で、
 「竿の雫か濡れ手で粟」は、和歌の「縁語」と「序詞」の世界。上の行の「川端」の縁語で「竿」を引き出し、「竿の雫か 濡れ」までが序詞。これで「濡れ手で粟」を引き出し、
 川端の舟の竿の雫で濡れたのではないが、濡れ手に粟のことわざのように、思いがけなくやすやすと手に入ったこの百両、
  (この百両は、お嬢吉三が夜鷹の娘を川に突き落として奪ったもの)
 (呼び声)おん厄払いましょう、厄おとし 節分の夜だから「厄落とし」の呼び声がして、
 ほんとうに、今夜は節分だったのか、
 「厄払い」の決まり文句で「西の海(に)さらり」とよく言うけれど、今回はそれより(てっとりばやく)川の中(に)、
 (お嬢吉三が夜鷹を斬って川に落としたのだが、水のあるところに落としたから「厄落とし」なわけ)
 (川に)落ちた夜鷹は、水に落ちたのだから自分にとっては厄落としだ、
 節分の夜、厄落としに向けて人々が投げて道に落ちてる包みは豆がたくさん入ってて、一文銭はちょびっとなわけだが、お嬢が手に入れたのはそれとは違って本物の金包み、百両の金包みを手に入れてしまった、
 しかも夜鷹がこんな大金持ってるとは思わないからお嬢的にはものすごく旨い「仕事」、なので、 こいつは春から 縁起がいいわえ。

 まあ、こんな解説はもちろん「にほんごであそぼ」ではしていなかった。
 ともあれ、江戸時代のお江戸なら明日は節分ということになる。
 お善哉でも食べますか。

   冷え性の処方を学ぶ浅き春

4 件のコメント:

  1.  二十四節気は春分から始まるためその前日の節分を年越しと感じる(考える)誤解は今でもあるが、昔からそのために、本来大晦日(年越し)の行事であった追儺・鬼やらい・つまり豆撒きの行事が節分に移った。つまり、節分と年越しは非常に混乱、混交していた。そもそも旧暦の正月とは、以前にも書いたが二十四節気の雨水を含む月の朔で、立春とは似て非なるものだが、どちらも太陽暦で同じようなあたりにくるため一層混乱を助長した。なので旧暦の大晦日前後に「節分」と誤解して称し、本来の年越しの行事であった豆撒きや厄落としをしたのは当然として、古くからの「六日年越し」や「十四日年越し」の行事も同じ年越し行事ということで豆撒きや厄落としを江戸庶民はしていたらしい。ここまで理解するのに相当の時間を要した。なので明日は旧暦の正月14日、古くはこの日を年越し(十四日年越し)と考え厄払いをした(江戸を含む)地方があった。明日は十四日年越しの「年越し」なのである。で、混交して「節分」。

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  2.  そこで、三つの節分の内の「十四日年越し」の節分ということは何故わかるかというのは古典芸能に詳しいお方のご教示を得たいが、先ず「廓初買」なのだからほんとうの正月以前の12月の晦日ではない。第2に、月は朧に出ていて浮かれガラスのように月夜に遊んできたのだから「六日月」ではないとなる。事実、舞台には満月に近い十四日月が上がっている。あいにく大寒波に見舞われているが、今日明日の雲の上は満月に近いはず。晴れておればベランダあたりで「月は朧に白魚の・・・」などと口ずさんでみたかった。

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  3.  ただ今、夜の10時、寒波の合間、頭上に見事な十三夜の月、月も朧に霞もせず、春は名のみの大寒波、「御ん厄払いましょう」。

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  4.  今日は年越し、なのでyoutubeで米朝の「厄払い」を視聴して年を越している。

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