2012年7月8日日曜日

山中のモンキアゲハ

  先日、と言ってもサツキの咲いていた頃、生駒の寶山寺を創建した湛海律師について調べたい(お寺の方に確認したい)ことがあり、寶山寺へ行ってきた。
  言い伝えでは役の行者の創建となっているが・・実際はもちろん寶山湛海律師開山である。
  わが国最古と言われるケーブルカーを6分間乗っただけだが、予想外にそこは十分に「山の中」だった。
  ケーブルカーの「宝山寺駅」を降りて参道を歩き、お寺に似ない大きな鳥居をくぐって、結局奥の院まで登ったが、息が上がって膝が笑って、我ながらそのバテバテ振りに情けなくなった。
  ひげ親父さんのブログの「立石寺の1,015段の石段を登れなかった話」を笑うことなど全くできない体たらくである。
  義父や義母と初詣に来たことがあるが、そのときの義父や義母よりも若いはずだが格段に根性なしである。

  ただ登ってしまえば、そこは線香とフィトンチッド溢れる別世界で、緑に覆われて姿は見えないが、すぐ目の前の木からひっきりなしにホトトギスとキビタキが大声を競い合うのを聞いているだけで心が落ち着く。
  ここでは四六時中歌い続けるウグイスも脇役である。
  写真のモンキアゲハも平地では見ない「山のアゲハ」である。
  参道前の「新地」もその裏寂れようが旅情であるが、「生駒聖天」同様妖しい雰囲気は微かに残っている。
  「鳥居前」に降りてきてから「ぴっくり通り」で名物「十三(じゅうそう)焼き餅」を探したが既に店を閉じていた。感慨深いが「しかたがないか」と納得する。町はずっと以前から観光地ではなく大阪のベッドタウンである。

5 件のコメント:

  1. 花に舞う蝶々という美しいイメージが有りますが隠居所周りの蝶々は全く相反する光景です。花が無いという所かも知れませんが蝶々が群れ舞っているところは、小動物の糞、昆虫や虫の腐乱死体です。そもそも毛虫から貪欲な食欲で葉っぱを食い荒らしていますし、不注意で触ってしまった後の痛痒
    さは不快千万!今年も大発生しました。見つけ次第踏み殺します。

    返信削除
  2. !スノウさん ご無沙汰です。コメントありがとうございます。
     蝶が糞や腐乱死体に群がっているとのこと、丁度、古事記を読み直していて、オオゲツ姫が鼻、口、尻から食物を取り出し、殺された頭から蚕、目から稲、耳から粟、鼻に小豆、陰に麦、尻に大豆が生れた話を読んだ後だったので、なんと言うか、全く違和感がありません。あっはっは。
     世の中一般には、子どもの時は可愛いのに大人になると憎たらしくなるものですが、美しい蝶が子どもの時に憎まれるのはどういう因果でしょう。
     なお、我が家だけで言えば、今年は毛虫の大発生がありません。嬉しいやら、子育てに苦労しているだろう鳥たちが心配やらと言ったところです。

    返信削除
  3. !スノウさんのコメントは、「既成概念・決まり文句」で物事を見たり評価してはならないことを、事実を提示して教えてくれているのですね。勉強になります。大賛成です。

    返信削除
  4. 長谷やんさんのコメントによく似た話を思い出しました。西岡常一さんの本で日本書紀を引用し「スサノオの尊」のヒゲをまくと杉が生え、胸毛をまくと檜が生え、尻毛をまくとマキが生え、眉毛をまくとクスノキが生えた。そして檜は宮殿に使い、杉とクスノキは船に、マキの木は棺桶に使えと書いているとの事です。大昔日本人の発想のユニークさと智慧の凄さを感じます。

    返信削除
  5. !木材の使用目的に関する「教え」が大陸伝来の知恵なのかどちらかと言えば木の文化の日本列島オリジナルの知恵なのかは知りませんが、そのように上手く説話にした記紀以前の「旧辞」があったのでしょうね。
     それはきっと浪曲や講談の台本のようなものだったのでしょうね。

    返信削除