1910年韓国併合後、日本の植民地支配に抗する独立運動が湧きおこるが、日本国内(いわゆる内地)ではそれを暴動と報じ、朝鮮人=悪者と喧伝された。
大災害の混乱と不安の中で広まったものだが、その背景にはこういう報道や喧伝があったという事実は重要なことだ。
虐殺を示す資料や証言は国や都の文書でも明らかなのに、小池東京都知事は今年も朝鮮人犠牲者の追悼式典への追悼文を拒否した。
群馬県では山本知事が昨年、朝鮮人労働者の追悼碑を強制撤去した。
こういう態度が参政党などのヘイト集団を後押ししていることは間違いないことだろう。
昭和前期の歴史は、外国人差別やヘイトの喧伝と足並みをそろえて侵略戦争に進んでいったことを教えている。
戦前の神道(国家神道)が社会に果たしていた影響力は現代人の想像を絶するものがあったが、その教学の重要な位置にいたのが民俗学者の折口信夫(おりくちしのぶ)(写真)であった。
大震災直後、沖縄の調査から東京に戻った彼は、やさしい大阪弁であったので、何度も自警団に尋問され、疑われ、虐殺の候補にされかかった。そして虐殺の事実を目撃した。そこで見た地獄図を彼は後に詩に書いた。(詩の一部)
おん身らは 誰をころしたと思ふ。
かの尊い 御名においてー。
おそろしい呪文だ。
万歳 ばんざあい

なんたる愚か 不逞日本人! 埼玉の正樹院に朝鮮飴売りの青年、具学永(ク・ハギョン)さんのお墓がある。6日が命日だ。今年も日本のお菓子をお供えしよう。 岳人
返信削除関東大震災で犠牲になられた人々の中で、唯一お墓に祀られている 具学永(ク・ハギョン)さん。大阪泉南地域の氷菓をお供えとして送りました。明日4日午前中に届きます。メッセージを菓子箱に添付しました。「安らかにお眠りください。日本の美味しいお菓子を召し上がってください 合掌と。岳人
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