だから古代史好きのものにとっては平城宮跡は聖地である。
さて、朝日新聞の奈良版が戦後80年ということで14、15、16日に『古都の不夜城』という大きな連載を行った。
戦後、朝鮮戦争のとき、平城宮跡の一角にRRセンター(Rest and Recuperation Center)という慰安施設が、朝鮮戦争従軍米軍兵士の「元気回復」のために日米両政府によって建てられていたという記事である。
1952年当時、パンパンと言われた慰安婦(売春婦)が2500名いたといわれている。
また、一帯では道を歩いている一般女性にも抜き打ちで性病検査が実施されたという。
この、古代史好きにとっては「堪らない」近現代史は、奈良の恥というようにあまり触れられずに来たが、奈良RRセンター調査報告書『古都の弔旗』が奈良や京都の学生たちによって編集されて今に残っている。
私は以前に、その代表者の一人故浜田博生氏(小学校教師)の講義でそれを知ったが、沖縄の米軍基地周辺同様の婦女暴行事件もあったし、近くの学校では先生方が早朝に出勤し、学校内外に散らかっていたコンドームなどの清掃をするのが日課だったと。
先の選挙では、日本軍は侵略などしなかったかのような言説が大手を振って語られたし、「従軍慰安婦はいなかった」というような主張も一部あるが、この奈良RRセンターは安保条約に基づき日米両政府によって堂々と?つくられたものだった。
そういう意味でも、戦後80年ということで朝日が大きく取り上げたことには意義がある。

奈良RRセンターのことを講義で知ったとき、私が一番不思議に思ったことは、これまで奈良の誰からもそんな話を聞いたことがなかったということだった。戦時の加害行為や従軍慰安婦の話もこういう風に誰もが口を閉じたのだろう。
返信削除ということは、現代のわれわれが当然の事実だと知っていることも、書いたり語ったりし続けないと歴史は歪んで伝えられることがあるということ。
大切なことですね。
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