7月28日「セミのおしっこ」で、ネットを検索していたら「外国人が食糧として大規模にセミを捕獲している」という文脈で、関東の某自治体が「公園のセミを大量に獲らないで」という看板を設置したという記事があったということを書いた。
東南アジアではセミが食材になっていることは常識だが、「在日の外国人の食糧として捕獲されている」というのは本当だろうか。変な排外主義と結びつかなければよいが・・。
森昭彦著「身近なムシのびっくり新常識100」に「セミのラブソング・・・実はこれ、セミにとっては命がけ。その多くが鳥類やカマキリ、あるいは中国人や長野県民を呼び寄せてフライパンで炒められる」とあるのも、長野県民に絞って検索しても肯定されるような記事は出てこない。一部にある昆虫食文化を全体であるかのように言うのも大いに問題がある。
食材は文化であるから、事実、私の慶応生まれの祖母などは牛乳も肉も食べなかったし、反対にホヤやナマコを食べる日本人を奇異に感じる人々も世界には多くいるだろう。
奇異どころか日本の捕鯨に理解を示してくれる国は少ない。その反対の感情で異なる文化を劣った文化だというような態度で語るのは厳に慎む必要がある。
だから、公園のセミを捕って商売にしているならまだしも、昆虫食文化を持つ人々が喜んで捕って食べても私は怒る気にはならない。
もっと言えば、昆虫採集も文化だということは度々書いてきた。
そこで・・・、誰も街を歩いていないのを見計らって、セミ捕りをして遊んでみた。私だって、孫もつれていない時、爺さん一人が捕虫網を振り回しているのは少し恥ずかしい。
度々言うが、虫捕りもしない子が大きくなって、環境破壊に鈍感な会社人間になったりするのだ。

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