2022年12月8日木曜日

人生は雑務だ

   7日(水)の夜は西谷文和さんの講演を聴きに行くのを楽しみに予定していたが、4~5日前から何となく体調がよくなく、それも悪く考えると、報じられている新型コロナ肺炎の諸症状とニアミスみたいな心配もあり、出かけるのを止めてこのブログ原稿を書いている。
 西谷さんの話は、参加者のフエイスブックかブログで教えていただけることだろう。「学びて思わざれば則ちくらし」というから、フェイスブックやブログで広めようとしない者はいないだろう。

 さて、体調不良だからといってカレンダーは止まってくれず、「言い出しっぺ」みたいだと「今回はパスで許して」などと言う相手もなく、いつ何どき「静養期間」が発生するかもしれないから、体調不良で済んでいる間に作業をこなしておこうとここ数日対処した。

 本来いまの時点で一番の宿題は、来春依頼されている1時間半のお話の原稿を仕上げることだが、さすがに気力が低下しているときにはそれは全く無理なので、封筒を作ったり、送付状を作ったり、どちらかというと気力低下をどうにかカバーできそうな仕事を進めている。
 願わくば、私にも突発的な静養期間が発生する可能性を読み込んで、諸氏からは早い目早い目に原稿類をいただきたいものだ。

 そんな作業をしていてつくづく思うことは、結局「活動」というものは実務、雑務の塊だということで、そういう雑務を目に見えないところで頑張ってくれている人のお陰で日常があるということだ。
 そんなことを思うと、私ならパスしてくれとはなかなか言い出せない。できないことでも「何か手伝うことはないか」と言いたいが、それはエエカッコすぎる。

 それにしても、この世は雑務の塊だ。ゲスト面をせずホストを頑張ろう。写真は本文とは関係のない雑木林。体力回復のためにフィトンチッドを浴びている。

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