私が息を殺して野鳥を観察していても、私の“ある種緊張したたたずまい”を一顧だにせずガヤガヤと人が歩いて来てジ・エンドとなることがしばしばある。
あまりにしばしばであるから、全く怒る気もない。だいたい彼らに悪意など全くないのだから。
ほんとうに怒っていない。ほんとうである。
「カメラマンが息を殺して林の中を注視していたら何かある!と気を遣うのが社会人ではないか」などと決して怒っていない。
先日も、近くの緑地で鳥を見ていたら、元気よく母子が散歩にやって来た。いつものパターンである。
そこで私は、「シーッ」などという野暮なことは言わずに、小さな声で「ほら、あそこにキツツキさんがいるのわかるかなあ」と二人を無理やり私の世界に引きずり込んだ。
『カラの混群』で、エナガ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ、メジロが賑やかなのだが、お母さんはただの一種も判らなかった。
もちろん、それぞれを解説した。
子供の方も、知らないおじさん(爺さん)から話しかけられて最初は文字どおりキョトンとしていた。
これって、3.11の後よく流されたACジャパンの『親切それともお節介?』のCMそのものの図だなと我ながらおかしかった。
まあ、世は孤独社会と言われているから、町内にお節介爺さんの一人や二人もいいのじゃないか。
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