実母がお世話になっていた老人施設の夏祭りがあった。
私は家族会の特別会員にして役員(?#$%?なんのこっちゃとお思いでしょうが引っ掛からずにお進みください。)を仰せつかっているので、ほんの少しだけ主催者的に“気だけ”は働いたつもりだが体はついて行かない。
老人施設の主人公の皆さんの症状は千差万別だから、かつて経験してきた子供会や自治会の夏祭りにはない難しさもあった。
しかし、どうにかして入所者を単なる祭りの観客で終わらせずに、祭りの主人公として参加した実感を得ていただきたいと工夫する過程でのその心配事の多くは杞憂だった。
(よく敬老祭などで、出演者は『ヨカレと思って』嬉々として発表会を楽しんでいるが、高齢者は長時間の「見学」に疲れ果てているのを見るものだ。)
台車の上に机を置いてタライを載せて、綺麗に飾ったのは『ヨーヨーつりの出前』。
(そもそも車椅子の入所者は夜店まで来ることができないし、地面にあるビニールプールには手が届かない。)
(だから一昨年まではこれは近所の子供用の夜店であって、入所者にヨーヨーつりを楽しんでもらうという発想は全くなかったようだ。)
手の不自由な方がほとんどだから最初は躊躇されるが、元気よくお誘いして、家族の方々に手に添えていただいて丈夫なコヨリを持ってもらい、とりあえず高々とヨーヨーをつり上げて「おめでとうございます」と大きな拍手をお贈りすると、今まで難しい顔をしていた方も間違いなく嬉しそうな顔に変化した。
盆踊りも車椅子を揺らして廻るだけだが、多くの方々は小さな動きであっても手が動いたし、最後まで手の動かなかった方に此方が少し落胆して終わってみたら、・・実は嬉しそうな顔であったりした。
「同じ阿呆なら踊らにゃ損損」は夏祭りの絶対的真理だとやっぱり納得した一夜だった。
イベントは主催者側で苦労した時に参加者が喜んでくれれば、どんな素晴らしいイベントに参加した時よりも充実感が湧くものだから、子供たちにもそのように育ててきたつもり。
そして、そういうことの理屈抜きの先輩は実母だった。
だから今年の夏祭りの賑わいを一番喜んでいるのは実母かもしれない。
私は来年はちょっと寂しいが一参加者で踊ることになる。
♪ ヨイト ヨイヤマカ ドッコイサノセ っと。
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