さらにもっとスタンダードな異称に「鬼の醜草(おにのしこぐさ)」があるが、その由来には諸説がある。
私としては要旨次の今昔物語集由来が気に入っている。
🔳 その昔、父を無くした兄弟があったが、兄は次第に多忙になり墓参に行けなくなり、せめての慰みにと墓前に「忘れ草」(萱草・かんぞう)を植えた。
一方弟は「お兄さんは父を忘れても私は絶対に忘れない」と墓前に「忘れな草」=紫苑を植え墓参を欠かさなかった。
ある年、墓前の弟の前に、墓を守る鬼が現れ、弟の父を慕う慈悲の心に感じ入り、弟に予知能力(予知夢を見られる力)を授けた。🔳 なかなかの説話である。
次いで「醜草」の「醜」の意についても諸説あるが、私は、「もう忘れたいのに忘れられない、忘れな草は役立たずの嫌な草だ」説が好きである。
さて皆さん、嫌なことの多い昨今、それでも少しでも好くしたいと思うあなたは、萱草(かんぞう)を植えますか、紫苑(しおん)を植えますか。
(注) もちろん紫苑は、春に咲く「忘れな草」とは別のもの。
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