「奈良の大仏と土佐の鯨はどちらが大きいか? 金(曲)より鯨が2寸長い。」は、曲尺(かねじゃく)・鯨尺が身近になくなった今では、私など一般庶民にはけっこう高度なクイズになる。
尺貫法の使用が禁止され、メートル法に限るとされたのは昭和34年で、世間ではその前から大々的にキャンペーンが張られていた。
戦後民主主義の申し子で小学校高学年であった私などは、そのキャンペーンを素直に受け入れ、「尺貫法などに拘っていたのでは社会の近代化ができない。」と信じていた。
ものごとには歴史があり、建築や呉服にはその社会があって上手く回っていることなど知る由もない子供だった。
この法律では、尺貫法の物差(ものさし)を作ることはもちろん使用することさえ違法となり、職人の世界ではそれはそれは大事件であった。
これに怒った永六輔氏がラジオ番組で闘争宣言を発し、尺貫法の物差を販売したり、それを警察に自首するデモを組織し、ついには事実上の「復権」を勝ち取った話は書物等で有名であるが、それらの貴重な意義を理解したのは大人になってからだった。
そして今回、実母の持ち物の整理をしていて出てきたのがこの竹の物差。
表向きは「75cm差(さし)」だが反対側に鯨の2尺が刻まれている鯨差。いや文句なしの鯨差。
家で和服を縫うこともないだろうからもはや我が家では出番は考えられないが、それほど邪魔になるものでもないだろうから、とりあえずはとって置いて、孫が大きくなったら見せてやろう。
実母は99歳のときにあった地方選挙にもきっちりと投票に行ったような人だったから、これは、今般の選挙に際し、軽薄なブームなどに流されず、90年の歴史に試された物差でしっかりと選択してほしいという願いと理解することにしよう。
それはさておき、銅鐸の絵の中に「工」字形の道具を持った人がいる。
これは大型桛(かせ・糸巻き)で、王の身長に相当する「メートル原器」だ・・というのが宮川徏先生の説。
この話の続きは長くなるので、いずれ日を改めて書いてみたいが、現状に即して言えば、王様やメディアの物差でなく、庶民の物差で理性的な判断を行なうことが大切だと思う。
こんにちは。長谷やんさん。
返信削除じそん嫁です。2尺ざし。母が持ってます。でも、悪い事をした時、さしで叩かれたのと、さしをチャンバラごっこに使って叱られた思い出が・・・悪い子供をしていました。
今でも母は和裁教室に通っているので、実家では、2尺ざしは現役です。
でもいつか、そう遠くない未来、尺さしは必要無くなるのかな・・・。
ミセスじそん こんにちは。
返信削除そうですか。現役ですか。そして「2尺ざし」と言うのですか。
そして質問ですが、和裁の現場では今でも鯨尺で作業をされているのですか?コメントからするとそうなんでしょうね。
建築の世界では歴史的建造物の修復等がある限りカネ尺が残るでしょうが、・・鯨の運命や如何に!
長谷やんさん、こんばんは。
返信削除じそん嫁です。母に確認しました。和裁では今も尺を使うそうです。
でも、私が女子高で家庭科の時間にゆかたを縫いましたが、その時は当然メートル法でしたよ。
私が和裁を習っていたのは、四十年も前のこと、クジラ尺懐かしい、お出かけようは、袖丈1尺5寸・普段着は1尺3寸にしたものでした。
返信削除もう、着物を着ることもありませんが、縫物をしていた、昔を楽しく思い出させてもらいました
せっちゃんに聴くと「センチやった」と言うので「みっちゃんに聴いてみて」と言っていました。
返信削除やっぱり鯨尺だったのですね。
そうですか、訪問着は1尺5寸、普段着は1尺3寸だったのですか。なるほど。
ミセスじそんはどの様に学ばれたのか興味があります。
そんなこと、知ってる人は訳もなく当たり前のことなんでしょうが。