テレビを見ていて気になることがある。どうも「医療逼迫の原因は非協力的な病院のエゴにある」的な論調が目立つような気がする。
私は現職時代医療界とも関係があったから、100%そんなことはないとは思わないが、しかし今の論調には賛成しがたい。要するに政治の無策に対する国民の怒りを仮想敵【偉そうな医者】に誘導しているように思われる。もっと冷静に事実を積み重ねて議論すべきではないだろうか。
丁度フェイスブックで貴重な実情をお聞きしたので、記録の意味も込めてブログに転載させていただく。若干の( )の但し書きは私が付け加えた。投稿者は大島民旗医師で、プロフィールによると、勤務先: 日本プライマリ・ケア連合学会で西淀病院 院長でもある。
◆ この間民間医療機関のコロナ受け入れ協力病院が少ない、協力しない場合は病院名を公表すると政府が進めようとしています。大阪府の吉村知事はさらに進んで、14病院で30人を受け入れていただく想定をしていると報道されました。一民間病院の責任を持つ立場にありますので、見解をお示しします。
当院は大阪市内にある200床規模の内科二次救急告示病院です。一般病棟2病棟と回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟との「ケアミックス型」という類型になります。大阪市内で200床と言えば小規模と言って良く、当院の半径5kmには300床超の大規模DPC病院(診療報酬が定額算定される主に急性期病院)が15もあります。一見して心筋梗塞、脳梗塞といった症状の方は救急隊が受け入れ先に困ることはありません。当院の役割は診断のついていない発熱や、原因のはっきりしない意識障害の方などを、まずは救急で診て、当院で治療が可能であれば当院へ、不可能と判断すればより高次の治療が可能な病院へ転送することです。地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟は、高度急性期医療を担う病院で急性期治療の区切りがついた患者さんを速やかに受け入れ、地域へ帰していくことも大きな役割です。大規模DPC病院と私たちのような地域の病院、そして介護施設や在宅サービスなどが上手く連携を取って、なるべく患者さん、地域の住民が安心して暮らせるようにするのが「地域包括ケア」の考え方です。
昨年の新型コロナウイルス流行以降も、これまで通り地域住民の医療ニーズに最大限応える姿勢を変えず、発熱・呼吸困難患者も原則お断りせず診療を行ってきました。しかし新型コロナウイルスの流行により、大規模病院のいくつかがコロナ患者の入院治療に軸足を置かざるを得なくなったためか、外来での救急受け入れ機能が低下したようで、ここ数年は月平均220件くらいだった救急搬送依頼が今年度は月270件に、月190件だった救急受け入れが約230件に増加しました。また救急搬送依頼も、平時はせいぜい近隣の行政区からなのですが、摂津市、鶴見区など相当離れたところからの搬送が増えました(距離にして12kmで、関東だと東京タワーとスカイツリーの距離くらいです)。この状況からも、すでに地域での救急医療が破綻していたことがわかります。また、新型コロナウイルス感染症の診断がついた人は受け入れ病院へ転送できますが、未確定の「可能性がある」状態(疑似症)では転送は困難ですので、一旦当院の個室隔離入院とし、診断がつき次第転送して治療していただくようにしていました。「第三波」では多いときには同じ病棟に同時に7名も個室隔離の方がいる状況になりました。
新型コロナウイルスの診療は、感染防御のためのPPE(個人用防護具)着脱など他の疾患よりも費やす労働力が多く、同じ看護体制で診ようとすれば病床数を減らさざるを得ません。当院はそもそも普段から満床に近い運用となっている(2019年度平均占床率98.4%)のに加え、特に冬場は体調を崩して入院が必要な方が多くなるため、空きベッドがほぼ無い状況で運用していました。現在はさらに労働負荷が増加しており、同じ法人の診療所や外来の看護師から支援をもらって、ケアの質を落とさないよう対応してきました。コロナ以外にも、入院加療をしなければ命を落としかねない患者さんがたくさんいらっしゃいます。為政者の方は、コロナで亡くなる人を減らすために、コロナ以外で亡くなる人が増えるのは仕方ないとでもおっしゃるのでしょうか。
さらに外来にも発熱者もそうでない方も来られますので、ゾーニングのため病院の敷地内にプレハブを建て、そこで現在午前2診、午後1診の発熱外来、病院内では総合外来として救急患者さんの対応とウオークインで来られる発熱以外の症状の方を診療してきました。
そんな状況ではありましたが、大阪府が新型コロナ専用の重症センターをつくるとのことで、看護師の募集をされました。産休育休も10人以上おり、かなり厳しい看護体制の中ですが、新型コロナウイルスで命を落とす人が一人でも減るように、1名の看護師支援を行いました。
それで、民間病院はコロナに立ち向かっていない、努力をしていないというのでしょうか。民間病院でも規模の大きい病院は相当新型コロナウイルス患者を受け入れています。受け入れていない病院は、何らかの困難な事情があるのだろう、という想像ができないものでしょうか。
私が周囲の医療機関の状況を見ていて想定される、受け入れられない事情は以下のようなものです。
1. 感染症の診療に慣れている医師がおらず、看護体制も整っていない(人の問題)。これは単に急性期医療に不慣れという場合だけでなく、普段専門分化された医療を提供することに専念してきた医療機関(〇〇循環器センターとか、〇〇脳外科病院とか)も同様です。
2. 物理的に感染者とそうで無い患者さんを分離する「ゾーニング」が不可能か不十分(箱の問題)。当院でも同じフロアで認知症があり徘徊される患者さんが常にいらっしゃいますので、間違って隔離の部屋に入ってしまうことがないか、相当気を付けています。
3. 経営状況が厳しく、コロナ患者の受け入れに伴う診療縮小や万一クラスターが発生した際のダメージが大きい(お金の問題)。特に昨今の状況ではもし自院でコロナのクラスターが発生したら、多数の患者さんたちをまま自院で治療しないといけなくなる状況です。ちなみに報道されている1床当たり1000万円を、現金給付されると思われている方も多い(実は私もそうでした)と思いますが、何かコロナ対応の感染防御・医療機器などを購入した際の補填であって、実際にいただけるのはほんの一部です。レスピレーター(人工呼吸器)を相談したら、コロナの患者だけに使用するという条件があるとのこと。
こうした要因が一つでなく複数合わさっている病院が多いのではと思います。私たち医療者の多くは、どれだけ保障を増やしても、コロナ対応病床の増加には限界があり、現状から大幅な増床はできないであろうことを感じています(一部東関東方面の大学教授でそう感じておられない方がいらっしゃったようです)。
コロナを受け入れない病院の公表は、烙印を押し分断を生むことになります。どうか、そこで必死に自施設の役割を果たそうとしている医療従事者の心をくじかないでほしいのです。コロナに関する被害をこれ以上拡大しないためには、何を置いても感染のコントロールしかありません。政府と自治体はそのために全力を挙げていただき、私たちが目の前の患者さんに最善の医療を行うことに専念させてほしいと切に願います。◆
また、耳原鳳クリニック所長の田端志郎医師の投稿では、診療報酬などの問題点もよくわかるので、その部分を転載させていただく。
◆ 「急性期」に定義される看護師配置は、10対1(患者10人に対して1名の看護師配置)と7対1ですが、一般的に「あそこは急性期病院」と評価されているところは7対1が基本です。ちなみに「高度急性期」は4対1(ハイケアユニット)と2対1(集中治療室)の看護師配置です。
コロナ患者さんは個室管理でかつ感染予防のため人手が2倍必要になります。簡単に言うと7対1看護師配置の急性期病棟のうち半分を閉鎖して、その人員を全て個室に入院させたコロナ患者さんにつぎこむことになります。コロナの空床補償は1床あたり5万円程度。しかし7対1急性期病棟では1床あたり最低6万5千円程度を確保しなければ、病院は赤字になります。コロナの診療報酬はアップされましたが、それでも全然足りません。これらの補助金の申請は極めて煩雑な作業を病院に強いており、しかもまだ病院には届いていません。
今報道されている「民間急性期病院」は10対1看護師配置を含んでいます。ここがコロナ患者さんを受け入れようとすると、さらに大変な人手の確保が必要です。高度な感染予防を日常的に行なっていないスタッフがコロナ患者さんの入院診療を行うと、当然医療者の感染機会が増えます。しかし院内クラスターを生じて外来や入院をストップして大赤字を出しても行政からの補償はありません。濃厚接触者になった医療者も14日間の自宅待機が必要ですが、その給与補償もありません。◆
以上、2人の医師の投稿を転載させていただいた。「命令に従わない患者や病院は罰する」「煽って曝してイジメ抜く」政治は、政治の責任を頬かむりして、国民に憎しみと分断を植え付けるだけだろう。
官から民へのキャッチフレーズで公立病院を縮減、廃止してきた自公政権と維新の政治こそが問われなければならない。
GoToなどやめて、病院が体制確保できるような十分な財政措置をこそ行うべきであろう。