2020年3月31日火曜日

泣く児とコロナには勝てぬ

   怖いもの知らずの『なにわの会』もウイルスには白旗を上げた。

 首相や東京都知事の「演説」は医学、科学の言葉でなく、政治的責任逃れのように見えたので、情緒的なそれらの言葉に惑わされないようにしながら先日来、感染者数、死者数を自分の目でじっくり見ながら考えてきた。

   その結果、大阪を中心とした近畿圏ですでに隠れ感染者が無視しえない程度に発生していると考えるに至った。
 ということは、電車やショッピングモール・スーパーなどでコロナウイルスに遭遇する可能性が少なからずあるということ、あるいはもしかして、自分自身がすでに症状はないが感染の上で保菌していて、次は誰もが感染源になるという段階に来たと考えた。
 かくして4月3日に予定していた『背割堤のお花見と石清水八幡宮』という遠足は中止を決断した。

 最終的にチラシを作って呼び掛けた段階で少々の不安がなかったと言えば嘘になるが、まだ急速には拡大していなかった。
 なので、参加者には写真の特製マスクを配付する、消毒用アルコールを持参する、昼食は距離を空けて座るなどと言うことを準備してきたが、今般はそれだけでは十分でないと考えた。

 残念な記事で2019年度の年度末を締めることとなった。

2020年3月30日月曜日

感染源不明

 以下の数字は、統計の安定性の観点から先行した記述と変更していない。
 日本国内の数字は28日午後11時時点のもので29日付け朝日新聞朝刊による。感染者数にはクルーズ船723人、チャーター便15人、検疫等31人を含む。死者数にはクルーズ船10人を含む。
 世界の数字は、28日午後10時時点で29日付け朝日新聞朝刊による。


                 人口     感染者数          比率   死者数            比率      死/感染
日本 127,202,000 2,441 0.00192% 65 0.000051% 2.663%
中国 1,427,648,000 81,996 0.00574% 3,299 0.000231% 4.023%
イタリア 60,627,000 86,498 0.14267% 9,134 0.015066% 10.560%
スペイン 49,661,000 72,248 0.14548% 5,690 0.011458% 7.876%
アメリカ 327,096,000 104,860 0.03206% 1,711 0.000523% 1.632%
ドイツ 83,124,000 53,340 0.06417% 399 0.000480% 0.748%
イラン 81,800,000 35,408 0.04329% 2,517 0.003077% 7.109%
フランス 64,991,000 33,437 0.05145% 1,998 0.003074% 5.975%
韓国 51,172,000 9,438 0.01844% 144 0.000281% 1.526%
スイス 8,526,000 13,259 0.15551% 241 0.002827% 1.818%
イギリス 67,142,000 14,754 0.02197% 761 0.001133% 5.158%

 死者数65人(クルーズ船10人を含む)は、人口比でみると他の感染者数の多い国々の中の中国、アメリカ、ドイツ、韓国と比べて一桁小さい。他の国々とは二桁、三桁小さい。
 ちなみに、日本における例年のインフルエンザによる年間死亡者数約10,000人と比べると65人という現状の死亡者数は非常に少ないが、今後爆発的に流行する可能性があることや有効な薬等がないことを考えると油断できない。

 現状の数字を、手洗い等社会全体の衛生観念や清潔な環境水準、それにスキンシップ的な挨拶儀礼の低さによると考えるとパニックになることはないが、大都市(特に首都圏)で「感染源不明」の感染者が増えていることは軽視できない危険性というべきだろう。

 今後を考える場合いろんな切り口で教訓を引き出すべきだろうが、何でもかんでも目先の金儲けだけを物差しにして、食料も、第二次産業(製造業)も他国に依存する国が正しいのか、何時かのために備えるセーフティーネットである公共の部門を減らせば減らすほど正しいのか、マネーゲームの典型であるアベノミクスを真っ向から批判する必要があるだろう。

 おまけとして、私は度々「濃厚接触を避けるなら列車を増結して混雑を緩和すべきだ」と主張してきたが、中国では封鎖を解除した武漢周辺で”6~7人掛けシートに3人”というように対応しているのに、この国の政府や地方自治体の長は大企業には何も言えないようである。明らかに中国の対応の方が正しい。
 そういう電車に乗って、今週後半に花見に行くのが是か非か、実際、先日来数字とにらめっこをしながら考えあぐねている。

 だいたい高齢者といっても元気なものしか参加しないし、29日の夜のテレビニュースでは大阪の新規発生は0件らしいから、もう少し様子を見たいと思っている。
 ただ、飲食を伴う食事会は、机の配置で前後2メートル以上、横もゆったりとしたスペースが確保できる保証がないなら、中止するのもありかもと迷っている。

おもしろい文章を見つけたのでリンクする。
https://www.facebook.com/akihiro.nishizawa.5?__cft__[0]=AZWXIRIrtRzrIzg0DAXPm2jn-rGSQSxesUDynqxUQcEsM-DR_3FdMvVuSuc8Q7cg48Z_nltKzXbD4CcgzsFILWuIsHa2Y7EiNNmJ_hc6V-uKyTdfsk4I9DcsQ2e8ERfhcW_QTtHdUi7RPEwRVOc0LTHB&__tn__=-UC%2CP-R

2020年3月29日日曜日

またまた親鸞

   親鸞の本は「また新しい発見があるのではないか」と、つい買ってしまう。
 「年寄りは外へ出るな」的なキャンペーンもあって、イクジイの間に楽しく読んだ。

 一番学んだことは親鸞のことではなく、歴史、とりわけカッコ付きの「定説」のようなものがどのように形成されるか、形成されていったかということだった。(中公新書『日本史の森をゆく』にもあった)
 そして、浄土真宗外部の研究や文学作品が浄土真宗の教義のようなものも進歩させたとも読んだ。
 そのことは、各種の宗教原理主義が現実社会で果たしている否定的役割の対極と見た。

 よく似た視点といえば平雅行著『歴史のなかに見る親鸞』の方が目から鱗的な印象だったし、もっともっと昔でいえば故福永光司氏の「浄土真宗は道教そのものである」(五木寛之・福永光司著『混沌からの出発』)という見解も衝撃的だった。

 高校生の時に勧められて倉田百三著『出家とその弟子』を読んだ時には、親鸞は当時の私の琴線には触れなかったが、このごろ親鸞が好きになったのは年齢のせいだろうか。

 他力本願は決して後ろ向きの思想ではないと思っている。

   火葬待ち棺並んだというスペイン風邪その風景をライブで観ている

2020年3月28日土曜日

霊能者よ今こそ働け

 この頃テレビのトークショーみたいな番組で「私は霊感が強い」とか「霊が見える」みたいな発言が増えているような気がする。
 スタッフも出演者も大先輩上岡龍太郎の番組ぐらい勉強しておいてほしい。

 ほんとうにそんな素晴らしい霊能者がいるなら、そんな霊能者を集めて、羽田や関空でコロナ感染者を選別して欲しい。
 また、感染源不明の感染者の感染源を霊視して欲しい。
 日本国民現下の最大の不幸に貢献せずに何が霊能者だ。

 感染源不明という話だが、私はそんなことはないと思っている。
 換気という意味ではパチンコ屋だし、濃厚接触ということでは夜の社交場、あるいはフーゾクに行きついて、家族にも話せない感染源があるに違いない。
 もちろん、その人の二次感染という可哀相な人もいるだろうが。
 そういう業界は警察や与党政治家のムラでもある。感染源不明とはそういうムラのことだろうと私は想像している。

 そこには一切触れずに「外出自粛」だ「花見自粛」だというのはどこかおかしい。
 市井の一老人には証拠をつかんで公開するほどの力はないが、首相や都知事などの話がおかしいことは経験則から指摘できる。

2020年3月27日金曜日

パンを焼く

   一斉休校は終わったが春休みに突入した。
 前回「今度の昼食は何がいい」という話の中で「この間パンを焼いた」という話になったので、「それなら次回にその粉を持ってきて」と頼んでおいたら、そのパンの粉や中に入れる(トッピングする)材料を持参して孫の夏ちゃんがやってきた。

 中に入れる材料は、ベーコン、チーズ、レーズン、ブルーベリー、クルミ、各種ドライフルーツであった。

 自分の技術を皆に披露するのは楽しいものだろう、珍しく夏ちゃんが手を動かして祖父ちゃん祖母ちゃんにレクチャーしてくれた。
 結論を言えば、3人の中で夏ちゃんのパンが一番それらしく出来上がった。
 そして食の細いこの孫がたくさん食べてくれた。
 この記事は徹頭徹尾「爺馬鹿日誌」である。

2020年3月26日木曜日

コロナ対策雑感 3

 日本の数字は朝日新聞が報じた24日午後9時半時点の数字で、感染者数の・都道府県計1,176人+クルーズ船723人+チャーター便15人+検疫等18人=1,932人より1,921人と11人少ないがその理由は前回同様不明。
 主な海外の分は朝日新聞が報じた24日午後8時時点の集計の数字。
 日本の死者53人にはクルーズ船10人を含むから、クルーズ船を除けば43人。

             人口     感染者数          比率   死者数             比率     死/感染
日本 127,202,000 1,921  0.00151% 53 0.000042% 2.759%
中国 1,427,648,000 81,177 0.00569% 3,277 0.000230% 4.037%
イタリア 60,627,000 63,927 0.10544% 6,077 0.010024% 9.506%
スペイン 49,661,000 39,673 0.07989% 2,696 0.005429% 6.796%
アメリカ 327,096,000 46,450 0.01420% 593 0.000181% 1.277%
ドイツ 83,124,000 29,560 0.03556% 130 0.000156% 0.440%
イラン 81,800,000 24,811 0.03033% 1,934 0.002364% 7.795%
フランス 64,991,000 20,149 0.03100% 862 0.001326% 4.278%
韓国 51,172,000 9,037 0.01766% 120 0.000235% 1.328%
スイス 8,526,000 8,795 0.10316% 122 0.001431% 1.387%
イギリス 67,142,000 6,726 0.01002% 336 0.000500% 4.996%

 感染者に占める死者の比率を見ると、ドイツの0.440%に比べて日本は2.759%、クルーズ船を除いたとしても2.234%であるから、素直に読めば日本の医療水準が脆弱でドイツの6倍ぐらい死んでいることになるから、実際そんなことは想像しにくい。ということは日本の感染者数が低い、つまりは検査数が極端に少ないので感染者数が実態よりも少なく見えている可能性を払拭できない。
 それにしても人口に占める死者の比率は日本が極端に小さいから、日本政府のクルーズ船対策の大失敗を知った国民が予防措置を徹底した結果ではないだろうか。
 暖冬のせいもあるだろうが、インフルエンザの発生が昨年、一昨年の半分以下になっているのもコロナ対策の派生効果と思われる。つまり、国民レベルでの対応が進んでいたのだろう。
 一斉休校が実際にどのような防護効果があったかは全く不明であるが、そういうニュースに接した国民が、手洗い、うがい、マスク、人口密集地への外出自粛を行った結果が低い死亡者数に出ていると思われる。

 以上の想像が当たらずと雖も遠からずであれば、換気の悪い密集を避ける、手洗い・うがい・マスク、要所要所での消毒液消毒は有効だと思われる。
 海外との比較検討でいえば、ハグやキスなどの習慣の違いも結構大きい気がする。
 そこを押さえつつ、経済活動や日常生活の活性化が必要ではないか。

 前回の記事で書いたが、新型インフルエンザの時の報道は結構センセーショナルな誇張があった。
 マスコミのそういう性癖は冷静に見ておく必要がある。
 それに便乗して、政治家が人気取りのような施策を打ち出し、重大問題を隠蔽しながらバラマキのような報道を重ねようとする。
 そういう腹黒い政治もうねっていることをしっかり見極めておくことが重要ではないか。

   ドイツより6倍もの死亡率この統計はどこかおかしい
   年寄りにこもるなと言い出るなと言い
   仏農相畑作業せよとは名文句 

2020年3月25日水曜日

3月の風景

   ロシアや北朝鮮辺りの環境の悪化か、一昨年の台風による日本の環境の悪化か知らないけれど、冬鳥が減ったような気がしている。
 それでも、今年も大型ツグミ属の代表格のシロハラがやってきた。
 たまにはわが庭にもやってきた。
 キョッキョッと書くか、キョロンキョロンと書くか難しいが、そういう風な感じの可愛い声で鳴く。

   「冬鳥が減った」という話とは反対に、これまでは内陸の都市部にはいなかった野鳥が都市部で繁殖をし始めている。その代表格がイソヒヨドリである。
 近頃は、早朝、ウグイスと競うようにしてわが家の前で歌ってくれる。

 最初に見つけたときは、こんな内陸の都市部にいるはずがないと思ったから、てっきり大型ツグミ属のアカハラだと誤解した。
 誤解させるだけの美しい腹の色である。
 この暖冬は桜前線も早く押し上げたが、イソヒヨドリなどの繁殖期を早めているような気がする。
 その囀り(さえずり)は100%求愛の歌である。
   
   我が庭を縄張りとせしヒヨドリはメジロ来るたび脅し払いぬ

2020年3月24日火曜日

コロナ対策雑感 2

 新型コロナの感染者数等を見る。
 朝日新聞によると、22日午後10時現在、感染者数1,813人(内クルーズ船723人)、死者49人(内クルーズ船8人)となっている。
 ただし、都道府県計1,069人、チャーター便15人、検疫等関係者11人、クルーズ船723人の合計1,818人と5人合わない理由はわからない。

 別のページの世界の状況を見る。
 日本時間22日午後9時現在の感染者数と(死者数)は、
 中国本土81,054人(3,261人)、イタリア53,578人(4,825人)、スペイン28,572人(1,720人)、アメリカ26,675人(340人)、ドイツ23,129人(93人)、イラン20,610人(1,556人)、フランス14,485人(562人)、韓国8,897人(104人)、スイス6,652人(80人)、イギリス5,067人(234人)である。
 なお、2018年の各国の人口と人口に占める感染者数、死者数の比率及び(死者数/感染者)は次のとおりとなる。


             人口     感染者数         比率   死者数            比率       死/感染
日本 127,202,000 1,813 0.00143% 49 0.000039% 2.703%
中国 1,427,648,000 81,054 0.00568% 3,261 0.000228% 4.023%
イタリア 60,627,000 53,578 0.08837% 4,825 0.007959% 9.006%
スペイン 49,661,000 28,572 0.05753% 1,720 0.003463% 6.020%
アメリカ 327,096,000 26,675 0.00816% 340 0.000104% 1.275%
ドイツ 83,124,000 23,129 0.02782% 93 0.000112% 0.402%
イラン 81,800,000 20,610 0.02520% 1,556 0.001902% 7.550%
フランス 64,991,000 14,485 0.02229% 562 0.000865% 3.880%
韓国 51,172,000 8,897 0.01739% 104 0.000203% 1.169%
スイス 8,526,000 6,652 0.07802% 80 0.000938% 1.203%
イギリス 67,142,000 5,067 0.00755% 234 0.000349% 4.618%

 この数字の限りでは現代はヨーロッパが一番大問題で、過去の例から見ると、この後アフリカ大陸でも爆発するかもしれない。
 この限りでは日本の数字は「健闘している」様に見える。そうだとしたら、マスク、うがい、手洗いに拒否感のない生活習慣、「自粛しろ」と言われたらそれに従う国民性、衛生の水準、そして接触しない礼儀作法あたりが要因だろうか。
 しかしこの数字の一方で、諸外国が「優秀な日本に倣え」と言わないのは、海外から見て日本の統計は信用ならぬと思われているのかもしれない。


   ところで、23日の朝日新聞の写真を掲げてみるが、見てのとおりパリのエッフェル塔の前も閑散としている。
 しかし従順な日本人ではない角度から考えるとほんとうにそうだろうか。
 以前、紅葉の実相院に行ったとき、確かにポスターを撮ったその位置から見る紅葉は抜群だったが、少し前に出ると隣家の介護施設が見えて少し驚いた。

 ケンミンショーというテレビ番組があるが、私の知っている「大阪」を考えてみると、あの放送は2割のほんとう、2割の嘘、6割の誇張で成り立っていると思う。それはまあバラエティーだから許す。
 しかしニュース番組、情報番組というものにその傾向を感じるのは心配性だからだろうか。

 2009年(平成21)の新型インフルエンザの頃を思い出している。
 私は第2の職場で大阪の責任者であった。
 当初東京の本社は反応が鈍く私は私の責任で「症状があれば特別休暇にするから出勤しないよう」指示を出した。
 そして、子供が罹ったという1~2例を除いて騒ぎはヤマを越した。もちろん、みんな出勤を続けて仕事もこなしていた。

 ところが、満員のスクールバスを使っていた茨木の市立中・高校で集団発生し、その後他地域の小学生などにも散発的に発生したところ、実は東京や全国のニュースでは「大阪が大変なことになっている」と面白おかしく?センセーショナルに報じられ、大阪の私?(と兵庫も?)が来るのが恐ろしくて?全国会議は中止になるし、大阪の業務遂行状況はどうなっているかと度々の電話があった。
 大阪はもう「死の街」であるかのような報道であったらしい。
 
 そういうケンミンショー的なニュースの姿勢が結果として国民を自粛させたという見方もないことはないだろうが、やはり本来のジャーナリズムではないと私は思う。
 正確な情報を出してほしい。
 正確な数字を出してほしい。
 正確な医学的見解を示してほしい。
 「自粛せよ」のメダルの裏には経済がある。コロナで死ななくても経済で自死を選ぶことさえ考えられる。
 理性と常識が今ほど求められているときはない。

   自粛下でホームセンター賑わえり

2020年3月23日月曜日

自然は手強い

   テレビ大阪などテレ東系の番組に『池の水ぜんぶ抜く大作戦』というのがある。
 「今度(2月2日)、東大寺大仏殿前の鏡池をやります」と東大寺の講演会の折に聞いていたが、その日は別の予定(友人のお寺での節分会)があるので行けなかった。

 結果はテレビで観て、結構おもしろかった。
 奈良県の天然記念物『ワタカ』も見つかって良かったが、それにしてもすごいヘドロの量だった。
 ヘドロはその日以降も2週間ほどバキュームカーで浚渫され吸引が続けられていた。
 その作業はたまたま寄った折に見ることができた。そして「3月には綺麗な池に戻るでしょう」ということだった。

   そしてつい最近、3月18日に近くの病院に行ったので確認に寄ってみた。
 写真では綺麗になったようにも見えるが、「あまり変わってないな」と妻と言い合った。
 自然は手強い。

 大仏殿は治承4年(1181)に平重衡の南都焼き討ちで、永禄10年(1567)松永久秀の三好・松永兵火で焼け落ちているが、鏡池は東大寺大仏殿のの防火用水とされている。

 今はスプリンクラー等も設置されているが、自然の手強さを思うとこの池も大事にして、綺麗な水を満々と満たしておくに越したことはない。

   ユーミンの代表曲や花曇り
 この季節、カーラジオからは卒業写真が何回も流れてくる。〽貴方は私の青春そのもの と歌われるとどうしても一緒に声が出る。

2020年3月22日日曜日

コロナ対策雑感

 テレビで各界の当事者が「自粛規制は辛い」「死活問題だ」「しかしもし自粛せず感染者が出たら袋叩きにあうだろうから怖い」というような発言をしている。その苦渋が画面から伝わってくる。
 しかし、感染のパターンはほぼ解ってきているから、もっと臨機応変の常識的対応が可能ではないかと考える。
 例の全校一斉休校にしても、過疎化の進む学校や、空き教室が存在する学校で、保健室も養護教員も学校医システムもあるにもかかわらず一斉休校したのは常識に反していないか。
 この国は、問答無用で上位に忖度する国になったようだ。
 その忖度の姿勢は、違う言葉でいえば無責任だと私は思う。

 現職の頃、仕事上の失敗はあることはあった。
 例えば、違う相手に誤送付をしたような場合、それ自体は個人情報保護の観点からよくないことではあるが、その再発防止策と言えば、「係員の封入作業を課長が再度検めてから発送すること」というような人員体制上実現不可能な文句で閉じられることがあった。
 機械入力の誤りについては、所長が係員の入力をその場で点検せよというような、およそ実現不可能な再発防止策が語られたこともあった。
 『しっかりとした良い仕事を時間内に仕上げるには人手が足りない』という真っ当な意見は無視された。

 そういう状況が社会全体に蔓延しているように思う。
 自治会で毎年行ってきた餅つき大会も『食中毒が起こる可能性がゼロではない』『そのときは誰が責任を取るのか』的な不毛の議論で中止されたりしている。
 結局、『何かあった時の責任逃れ』の性癖を「コロナのイベント自粛」に見るのは穿ちすぎだろうか。

 4月初めにOB会でお花見をする。途中の電車というリスクはあるが、それが自粛の対象なら通勤を自粛させるべきだろう。
 あとは野外のきれいな空気を吸ってコロナウイルスに打ち勝つ体力を付けたいと思っている。
 心配していたが、参加するよ!という返事が増えている。

   検査数異常に少ない非常事態

2020年3月21日土曜日

命という実印

   赤木俊夫氏遺書は、証拠隠滅、公文書改竄というモリトモ事件後半の発端が安倍首相の国会答弁であったこと、文書の改竄は全て佐川局長の指示であったことを生々しく告発している。
この、命という実印を捺印した証拠書類にも拘わらず「再調査はしない」という政権は、法廷闘争を軽んじるつもりはないが、世論の力で退場させるしかない。

今回の相澤冬樹記事で私が改めて驚いたことが一つある。
それは「大阪地検特捜部はこの事実関係をすべて知っています」というくだりであった。
引用する。
1225日、俊夫さんは震える小声で昌子さんに告げた。
「きょう、とうとう電話あったわ。医師は止めていたはずなのに。こんな辛いのに、ドクターストップがかかってるのに、電話が来た」
この日のメモ帳には「久保田検事より受電」とある。
実はそれに先立って検事が俊夫さんの主治医に事情聴取が可能か尋ねていたことが、主治医の話でわかった。主治医は「病状が悪化する」と聴取を止めた上で「手紙かメールであいさつ程度に様子をうかがったらどうですか?」と話した。だが検事はすぐに俊夫さんの携帯に電話をかけて20分間も話したのだという。20分は挨拶のレベルを超えている。事実上の聴取と言われても仕方ないだろう。
これをきっかけに俊夫さんの病状は極端に悪化した。
「僕は職場に復帰したら検察に呼ばれる。検察は恐ろしいとこや。何を言っても思い通りの供述を取る。検察はもう近畿財務局が主導して改ざんしたという絵を描いている。そのストーリーから逃げられない。ぼくが何を言っても無理や。本省の指示なのに最終的には自分のせいにされる。ぼくは犯罪者や」(引用おわり)

私のこれまでの感情では、官邸(首相と昭恵夫人)、財務本省が真犯人で、大阪地検はそれを追及できない弱虫だと思っていた。
しかし、それは甘かった。官邸は検察にもネジを巻き、大阪地検特捜部は赤木さん一人をスケープゴート(身代わりの生贄)にして一件落着にするシナリオで共犯関係であったのだ。

私は現役時分いわゆる過労自殺をたくさん担当した。それだけにたくさん勉強もした。
その常識からすると、重いうつ状態でドクターストップがかかっている患者に対して行った大阪地検特捜部の対応は、自殺念慮の「最後の一押し」であったかもしれないと腹の底から怒っている。


さて、首相夫人付け秘書官のご褒美人事といい、財務省の関係者のご褒美人事と言い、この国は途上国の独裁国家の体をなしているが、モリトモ事件当時の山本真千子大阪地検特捜部長は、その後同期のトップを切って函館地検の検事正に就任し、さらに昨秋には大阪地検ナンバー2の次席検事に就任した。大阪地検次席検事というのはエリート中の出世コースである。不純である。
   そういえば、籠池夫妻を300日も拘置所に閉じ込めて言論を封じたのも彼女であった。考えれば恐ろしいことである。

この131日、安倍内閣は検察庁法違反の閣議決定を行い検察庁人事に介入した。
強大な権限を持つ安倍内閣が違法な手段を使ってまで検察を支配下に置く。暗黒の「警察国家」が完成したときには「もう遅い」。
理性と民主主義を大事にするために、赤木夫人の提訴を大いに支援したいと思っている。

  春朝や先ず磯鵯(いそひよどり)はアリア

2020年3月20日金曜日

一斉休校

   子育ての時代は必死であったからアッという間に過ぎ去ってしまったが、イクジイになると怒ったり笑ったり。
   孫の夏ちゃんは、何かを提起しても「じゃまくさい」「しんどい」と後ろ向きで、あげく、部屋の真ん中でゲーム機ばかりをいじっているのを叱ったら、気がついたらソファーの裏でこっそり続けていた。
 ようやく百均に連れ出して知恵の輪を買ってきて挑戦したが、2つのうち一つが解けて少しだけ気分がよくなった。
 一斉休校はしんどい。

2020年3月19日木曜日

女帝の国

 大門実紀史(日本共産党)VS麻生太郎財務大臣 「ジェンダー平等と経済、コロナ対策」2020310日参議院財政金融委員会の動画がYouTebeにある。
 その最終コーナーに麻生大臣が立ってジェンダー平等について答えているが、調子に乗って「日本で一番偉い神様は天照大神で女性であった」「しかも機(服)織小屋で機を織っていた働く女性であった」的な神話を引いてダイバーシティーを目指すと答弁した。
 それは、国政審議の場におよそ似つかわしくない例えと、質問時間切れというタイミングであったが、大門実紀史議員はそこでさらに挙手をして次のように発言した。
 「大変参考になりました。ありがとうございました」と。
 その心の余裕とユーモアのセンスに私は喝采した。


 
 神話の世界は別にして古代史を追ってみると、倭国から日本という国家?に脱皮した時代、日本国の誕生(古代国家の完成)というに相応しいのは、天智、天武、持統の時代と言っていいのではないだろうか。
 中でも、真の勝者が持統天皇だと思われる。

 その理由は写真に掲載した数冊の新書などを参考にしてもらうこととして、麻生太郎氏とは引用先は異なるが、この国の建国の先頭に女性天皇がいたということではよく似た感想を持っている。 

 私的には、瀧浪貞子著『持統天皇』(中公新書)が参考になった。ただ以前に、それとは相当(反対なくらい)視点が異なる遠山美都男著『天智と持統』(講談社現代新書)を読んでいたので、頭の中で批判的に思考できてよかった。

 孫の夏ちゃんは藤原京の北辺で誕生した。 
 持統天皇は「春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山」と詠んだのは有名だが、一般に「白袴の衣を干した光景を見て四季の変化を詠んだ」と解釈されているが、そもそも神聖極まりない「天の」香具山に衣が干してあったとは思えないという意見が少なからずあった。天女の羽衣にしても。

   それを瀧浪貞子氏は「禊のための斎衣(浄衣)であり、持統が自らの心情を浄衣に見立てたのだろう」(草壁皇子の喪服から斎衣に替えて再出発を・・)と記述している。卓見と言うべきだろう。
   中継は器の違いも映しおり

2020年3月18日水曜日

鬼は外

   世間でいえば満1歳ぐらいの感じの孫の凜ちゃんは、ゆっくりだが成長している。
 遊びに来ると、捨てずに置いてあった節分の鬼のお面を持ってきて、ジェスチャーで私に被れという。
 少しリアルに作ったので、私がウォーウォーと鬼になると怖がるのだが、我われにだけ理解できる小さな声で、鬼は外、福は内と私に豆を投げつける。そして私がウワワワと倒れると少し喜ぶ。
 そういうことを何回も飽きずに喜ぶ。
 祖父母は「いま”鬼は外”って言えたな」と確認しあって喜ぶ。

 その昔、外国発の感染症は鬼の仕業としか理解できなかっただろう。
 その知的水準を、ティッシュペーパーまで買い貯めに走った現代人が笑えるだろうか。
 専門家の意見もなしに為政者が”一斉休校だ”というと、過疎化で濃厚接触しようもない学校までが休校にさせられる。(教育委員会により)
 この国は、鬼を恐れていた平安時代よりも常識力が低下していないかと危惧をする。

 世界の常識でいうと日本のPCR検査数は桁違いに少ない。
 「軽症者は医者に行くな」と強いアナウンスがあったことと検査機関が極端に絞られていたからである。
 それを海外は、「軽症者は自然に治癒するから感染者数を隠蔽しているのだろう」とみている。汚染水もコロナウイルスもアベシンゾウにかかればアンダーコントロールだ。

 しかしながら彼の悪運もここまでだろう。
 実体経済を疲弊させたアベノミクス、消費税不況、そしてコロナ恐慌・・・、世界の常識の目で見ればオリンピックの目はない。ジ、エンド。
 野党の主要な声は”消費税の凍結、減税”だ。
 となると、すべてをコロナのせいにして、挙国一致、非常事態、消費税の凍結(盗作)を掲げて解散総選挙だ・・と、アベの心を私なら考える。
 ほんとうに現代人の常識が問われるトキが迫っている。

   手のかかる児ほど可愛い寒もどり

2020年3月17日火曜日

花粉症マスク

   去年(2019年)はこんなことはほとんどなかったのに、今年に入って二度目の体調不良によるブログの更新延期が生じた。

 書き溜めていた記事があったので実際よりも未更新期間は短いが、実際は11日以降ずーっと体調不良とそれに伴う気力の消沈でパソコンに向かえなかった。

 体温は37度程度でコロナ肺炎の様子はないが、微熱の熱発に併せて、目、鼻、咽喉がすべて不調で、結局「今年はたいしたことはない」という驕りへのしっぺ返しの花粉症の上に、小さな子供(孫)の風邪がうつったらしい。
 そんなもので、外出するにはマスクが必要だが、コロナがらみと思われるのも癪だから、写真のようなマスクをしている。

 孫の通園バス乗り場前に大きなドラッグストアがあり、月水金の朝の開店前には不機嫌な顔をした長蛇の行列ができている。
 ある日、そのうちに店員さんが出てきて「今日は31個です」と数えて、32人目以降の長い行列は解けていった。
 それにしても入荷が31個というのは中途半端だから、入荷50個のうち店員さんらが19個買ったのだろうかと妻と推理しあった。

   4月下旬の気候に騙され風邪をひく
   不機嫌な行列の先のマスク
   川柳はラジオがよろし春の宵

2020年3月12日木曜日

434年前の若狭

 昨日は9年前のフクシマであった戦慄の奇跡について書いた。
 今日は距離的に言えば近畿と言ってよいほど身近な原発銀座・若狭湾について触れてみたい。
 昨日の記事の主人公樋口元裁判官が運転差止判決を下した大飯原発もここにある。

 1586年(天正13年12月)の天正地震について、宣教師ルイス・フロイスは『日本史』にこう書いている。
 「若狭の国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きい町があった。(注・東大地震研は「高浜」の誤りではないかとしている)・・・その地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が、遠くから恐るべき唸りを発しながら猛烈な勢いで押し寄せてその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに破壊してしまった。高潮が引き返す時には、大量の家屋と男女の人々を連れ去り、その地は泡だらけとなって、いっさいのものが海に呑みこまれてしまった」。

 京都の公家吉田兼見の日記にも「丹後、若州、越州、浦あたり、波を打ち上げ、在家ことごとく押し流す、人死ぬこと数知らずと云々」とある。

 磯田道史氏によると、歴史地震学者はこれらの記述から「4~5メートル以上の津波」と推定している。

 そして旧原子力安全・保安院は「天正地震による津波があったとしても・・・小規模な津波であったものと考えられる」と評価したが、利害関係者の数字が信用ならないことは嫌というほど経験した。
 コロナ騒動に目を奪われて、忘れてはならない大事なことがある。
 大ウソをつく政治家に人権の制限をも含む非常事態法を与えてはならない。

   自粛せよいつかも聞いたようず哉  綺蜂
   ※ 春に雨を連れてくるような生ぬるい南風(ようず)は頭を重くする。

2020年3月11日水曜日

9年前の二つの奇跡

 9年前の今日、福島第1原発事故が起こった。
 この事故について、大飯原発運転差止判決を下した樋口英明元裁判官は次のとおり「二つの奇跡」をしている。
 「第一の奇跡」
稼働中だった1,2,3号機はメルトダウンしたが、4号機は定期点検中で合計1331体もの使用済核燃料が水素爆発でむき出しになったプールの水に沈んでいた。
使用済核燃料は4,5日でメルトダウンし、放射性下降物いわゆる死の灰は稼働中のそれよりもずっと多く、もし4号機の核燃料が溶融した場合、当時の近藤駿介原子力委員長のコンピューター解析では、強制移住、任意移住地域は250キロに及び、東京都を含め4千万人を超える避難民が発生するという恐怖の結論だった。
ところがそうはならなかった。その理由は・・、
燃料貯蔵プールの隣に原子炉ウェルという堅穴があり、通常このスペースには水は入っていないが、当時たまたま定期点検中であったため、原子炉ウェルと隣のビットは大量の水で満たされていた。
そして、そうであっても本来水が行き来しない原子炉ウェル側の水が、地震のせいかその他の欠陥のせいか、本来入ってきてはいけない水が貯蔵プールに流れ込んで燃料は冷やされた。普段はないはずの水がそこにあり、入るべきではないのに流れ込んで最悪の事態は免れたのである。
 「第二の奇跡」
2号機はメルトダウンし、格納容器が水蒸気でいっぱいになり大爆発寸前だった。圧力を抜くベントという装置も電源喪失で動かせず人も近寄れなかった。
315日には圧力が設計基準の二倍を超え、当時の吉田所長は「東日本壊滅が脳裏に浮かんだ」と後に証言した。
ところが不思議なことに、技術者や自然科学者が当然覚悟した大爆発は起こらなかった。水蒸気が抜けたためだ。
多分、格納容器の下の方に弱いところがあったのだろう。要するにあってはならない欠陥機であったために第二の奇跡が起こった。

 以上の指摘はなぜか大々的には報じられていない。私の勉強不足でそう思っているだけかもしれないが。
 コロナ騒動のニュースで隠されたようなフクシマの教訓をもう一度噛み締めたい。今日は3月11日。

   9年前ライブ中継の恐怖あり

2020年3月10日火曜日

若ごぼう

   春は楽しい。何がというといろんな食材が出回ってくる。
 この間から、フキノトウ、タラの芽、シンコ、桜エビを楽しんだ。そして、タイトルのとおり大阪河内は八尾(やお)の若ごぼうをいただいた。

 若ごぼうのことは度々書いたが、これまで近所のイオンには出ていなかった。
 店員に聞くと何回も「新ごぼう」に案内された。
 その度に「若ごぼうを仕入れるよう上の人に報告しておいて」と言ってきたが、今年はそれが出てきたので早速買い求めた次第。

 若ごぼう(葉ごぼう)は春の香に満ちている。
 でもって75日も命が伸びた。

   季節の食材を褒め称えた後で語るのは憚られるが、息子ファミリーから明宝ポークソーセージを貰った。
 いわゆる添加物がほとんどないという優れものだ。
 恰好を付けて「ソーセージステーキ」にして味わっている。

   春は葉ごぼう今年も七十五日

2020年3月9日月曜日

問われる大人の態度

   サンデーモーニングの受け売りだが、社会心理学者加藤諦三氏によると、現代社会は人類の「幼児化」がキーワードらしい。
 幼児化とは、心理的に退行することで、それは意識の下に広がる無意識にある心理的な動きで、本人は、自分が退行していることに気づいていないものだ。
 具体的には次のようなことになる。
 例えば、アメリカファーストは、「わがまま」という幼児化であり、移民・難民の排斥は、「異なる者への恐怖」から、相互理解の努力をせず、ただ、怖いから排除しようという幼児化の動きだ。
 また、EC離脱は、「理想放棄」であり、難しい理想の実現を諦め、困難を乗り越えようとしない幼児化だ。
 軍拡競争は、相手より「優位」な立場になることで安全であろうとする幼児化の動きで、本来であれば、何度も対話を重ねて、相互理解を深め平和的な解決へとつなげるべきなのに、軍拡という、安易な方法で、安全を得ようとしている。
 フェイクニュース・暴言は、過激なことを言うことで「反応がほしい」という承認欲求で、相手から注目されることで、自分の存在を確認したいという幼児化だ。
 幼児化は、相互理解、寛容、といった、行うことが難しいことを避けることで、自分を成長させないもの、自ら成熟を拒否してしまうものだ。
 では、なぜ、この時代に、幼児化が広まったのか?
 それは、不安。
 自分の存在を確かめられない不安が、幼児化を作り出したのでは?
 ・・・・以上が加藤氏主張の骨子のようである。

 私は昨今のマスクや果てはトイレットペーパー・ティッシュペーパーの買い占め騒動を見ていて、上述の「幼児化」を垣間見た思いがした。

 さて、典型としてマスクを考えると、医療関係者のマスクも圧倒的には中国製らしいから、この国は、圧倒的なエネルギー、食糧、医療材料まで他国に依存した脆弱極まりない国であることが露呈した。
 だとしたら、フェイクスピーチの皆さんのように他国を侮蔑したり攻撃するのでなく、友好的な外交の積み重ねこそが国の安全を守る最高の方法ではないだろうか、と考えるのが、幼児よりも成長した大人の判断だと私は思う。

 トランプにさえ抱きついておれば安全だと主張されてきた人は、この日本の困難に、トランプのアメリカが如何に冷淡かということを直視して欲しい。

 同時に、ドイツでは即マスクの輸出を禁じたように、ある意味現実的な世界があることを直視すれば、安い人件費と儲けのためにと何もかも海外に依存するのでなく、一定の手当てをしてでも国内でつくる自然エネルギー、食糧、第二次産業を保護し、国の体力を維持すべきであろう。
 それが大人の判断と責任だと私は思うのだが。

   今回は私じゃないよと渡り鳥

  閑話休題  8日(日)午後に雨も止んだので散歩に出た。道路はまだ濡れていて花粉症は心配ない。散歩というと花や鳥を見ながら歩くのを常としているが、今回は人を見て歩くことにした。ショッピングセンターに行く人や帰ってきた人の多い私の散歩道だが、散歩の片道午後3時半から4時まで30分間にウォッチした結果は、すれ違った大人343人で、マスクをしていた人が209人で61%、マスクをしていなかった人が134人39%だった。統計としては母数も少ないし、いろんな条件(田舎のニュータウン)を勘案しなければならないが、結論的には微妙な数字のように感じた。いや、あれだけ総理大臣が大演説をぶったにもかかわらず、約40%の大人は冷静に対処し、むやみやたらにマスクをしたりしていないとみてもいいのではないだろうか。瞬間風速のような数字であるから絶対視しないでくださいね。

2020年3月8日日曜日

ミモザの日

 樹木に対して申し訳ないことをした記憶がいくつかある。
 ひとつは、家(建物)のすぐそばにケヤキを植えたが、何年か経って大木になってその根が建物の土台を持ち上げないかと怖くなって伐採したことである。
 少し離れたお家の庭にも立派なケヤキがあったが、昨秋、横を通ったらバッサリと伐られていた。その気持ち、わかるわかる。

   同じように私が伐採したのはミモザだった。
 シャンソンのような風情を夢見て庭に植えたのだが、これも予想以上に大木になってしまった。
 そして、なまじ樹形を整えようと剪定すると枝先が枯れたりして、なかなか我儘な樹であった。これも大木を伐採した。
 どちらも「生き物」と考えると、人間(私)の勝手で殺してしまったことになる。

 その代わり、ケヤキはわが家の前の街路樹を楽しんでいる。ミモザは反対側の隣家の庭のそれを楽しんでいる。

 ところで3月8日は国連が定めた国際女性デーである。昔は国際婦人デーと言っていた。
 沿革は、190438日、ニューヨークの女性労働者が参政権を求めてデモを行い、これを受けてドイツの社会主義者クララ・ツエトキンが、1910年にコペンハーゲンで行われた国際社会主義者会議で「女性の政治的自由と平等のためにたたかう」記念の日とするよう提唱したことに始まる。
 そして国連は1975年(国際婦人年)の38日以来この日を「国際女性デー」と定め、女性の平等な社会参加の機会を整備するよう加盟国に呼び掛けている。

 なお、イタリアではこの日を「FESTA DELLA DONNA(フェスタ・デラ・ドンナ=女性の日)」とし、男性が日ごろの感謝を込めて、母親や妻や会社の同僚などにミモザを贈るという。このことから3月8日は「ミモザの日」とも呼ばれている。

 ただミモザの満開は杉の花粉の「非常に多い」時期と重なるので、ミモザにとってはとんだトバッチリだろうがわが家ではイメージが悪く、妻に贈っても喜ばれないのは間違いない。
 ミモザはシャンソンの世界で楽しむに限る。

   ミモザ咲きパリジャンは花粉症知るや

2020年3月7日土曜日

一斉休校は歴史に残る愚策

   頭を冷やせば、安倍首相の全国一律の休校など世紀の愚策だと、元文部官僚の寺脇氏が痛烈に批判している。

 氏の主張の結論を先に言えば、「子供たちにとって学校ほど安全な場所はない」ということに尽きる。
 学校には保健室という“準医療施設”があり、養護教諭もいる。さらに学校医もいる。給食で栄養管理され、担任教諭が子供の状態を確認する習慣がある。被虐待児にとっては一時的な避難所としても機能しているといい、「こんなにも安全な場所から子供を引っ張り出してどうするんだ」という趣旨である。いじめに遭っている子はどうなんだ、などの指摘はあるかもしれないが、それは少し別のこととして。

 私の住んでいる街の隣の奈良市のニュータウンでは、いま小学校の統廃合が問題になっている。
 とすると、大都市中心部の一部の学校を除き、現在の学校は少子化の結果、全国的に教室に余裕があるのが普通でないだろうか。もっと言えば、全国には、1学年に数人どころか、先生ひとり、生徒ひとりという所もある。何が濃厚接触だ。
 悲しいかな、国のトップがそんなバカなことを言い出したら、周りが止めないといけないのに地方の首長も教育長も全部ぶっ飛ばしてる。これを独裁って言うのだと寺脇氏は言う。

 濃厚接触という物差しを当てれば、少なくとも学校は学童保育よりは遥かに安全な場所。そもそも、学童のキャパシティはそんなに多くない。厚労省が『学童では1m以上間隔を空けて活動を』と通知を出していたが普通の学童ではおそらく無理。さらに休校になると利用が増えるので学校の教室を借りますは、もはやブラックユーモアの世界。

 「もっと言うと、残念ながら全ての子供にちゃんとした親がいるわけではないし、みんなが家でおとなしくできるわけでもない。肉親から虐待を受けていて、学校にいる間だけ逃げられている子供はどうするの?ひとり親家庭の子は?給食でしか栄養補給できないような貧困家庭の子は?…今や学校は、ある種の子供たちにとってシェルターの役割もある。そういう実態を全然わかっていない人が考えた対応だ」と寺脇氏は言う。

 結論を言えば、初期対応の無能・無策ぶりにあきれ果てたアベ親衛隊の支持を取り戻すための「やってる感」のパフォーマンス以外の何ものでもない。

 医学はある種の自然科学である。ならば・・・
 原因や現状の正直な分析なしに思い付きのパフォーマンスで正しく解決はできない。
 最初は「軽症者は医者に行くな」と言い、しまったと思えば「全国一律休校だ」と言う。これをおかしいと感じないならそれがおかしい。
 ほんとうにこの国を守るためには、安倍内閣は退陣させなくてなならない。
 「この緊急時に与党も野党もない」は嘘である。この国を危機に曝しているのは安倍内閣である。
 変な感情(イメージ)に流されず、問題の本質をきっぱり批判して欲しい。野党の皆さん、お願いします。特措法は不要だ。

   マスク取りしばし酔いたし沈丁花