1954年(昭和29年)3月1日、アメリカは太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁において水爆実験を行ない992隻(水産庁発表)の日本漁船が死の灰を被って被爆した。
「アメリカの秘密を見てしまった」と考えた漁船の中には「SOSの救難信号を打つと米軍に撃沈される」と恐れてそのまま帰港を急いだのもあったらしい。
静岡県の焼津漁港に帰港した第五福龍丸乗組員は東京の病院に移送され原爆症とされたが、無線長久保山愛吉氏は9月に亡くなった。
また積んできたマグロをはじめとする魚からは強い放射能が検出され、雨も放射能で汚染され、牧草から牛乳などなどに波及し、「マグロは食べるな」「雨に濡れるな」というアナウンスが行き届いて人々は不安に落とされた。
まだまだ「戦後」の日本のため、アメリカ政府からの200万ドルの見舞金で被害状況の調査をはじめ補償問題も打ち切られてしまった。なお、被害漁船は静岡県だけでなく、3分の1は高知県の船であった。また、マーシャル諸島住民も多数被爆したが、それらはほとんど秘密裏に隠蔽された。
以上のような「原爆マグロ」「放射能雨」の大騒ぎを小学校低学年の私は知っているが、現代人の何人が知っているだろうか。
「無関心は罪になる」と先日ブログに書いたが、知らないことには関心・無関心も何もない。そういう意味で、昭和29年を生きていた人間が「3・1ビキニデー」を思い出して書いておくことも意味のないことではないだろう。
なお、核兵器所有国は何らかの形で実験を繰り返してきたわけで、その闇の奥には計り知れない被曝事故があるに違いない。さらには現在注目のチェルノブイリやフクシマをはじめとする原発での被曝事故もあるが隠蔽されている事項も多いだろう。
この先人類はどう生きていくのか、こんな機会にみんなで考えたい。
第五福龍丸の被ばく者で昨年亡くなった大石又七さんの義妹の河村惠子さんは「兄の思いを次世代に伝えていきたい」と語られている。そして「兄は核兵器禁止条約を喜んでいた」とも。
今日は3月1日ビキニデ-。言葉上とはいえ核兵器の所有に触れて侵略を進めるプ-チンは許せない。抗議する。
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