2019年5月24日金曜日

ディアラインの仕事人

   奈良公園の景観の美しさのひとつの理由はディアライン(deer line)※で、公園には多くの木々があるのに一定の高さ(deer line)よりも下が明るくて見通しがいい。その統一美は見事である。※(deer=鹿)

 もちろん人件費はかかっていない。写真のとおり、その景観は鹿が作ってくれている。
 奈良公園は芝や雑草の草刈費用も無料で、これらを人件費に換算すると数億円規模だといわれている。

 ディアラインでいうと馬酔木、アザミ、ワラビなど鹿が嫌がる木や草は残っている。なのでワラビ採りには絶好の場所もあちこちにあるのでわが妻は喜んでいる。

 さて、写真のとおり、立ち上がった鹿には迫力がある。
 これまでに、小さい子どもを突き飛ばす場面も何回も見た。
 大人の男性に写真のように立ち上がって叩きにいっているのも見たことがある。
 奈良公園の鹿はあくまでも野生である。

 さて、奈良県(知事)は率先して自然を破壊して超高級ホテルを建設しつつある。
 この時代(つまり現代)の奈良県民は知恵が浅かったなあ!と必ず歴史が笑う日が来るだろう。
 既存の宿泊施設を応援し、さらに高野山のように各種寺院が宿坊を開けるようにする方が長い目で見て奈良のためになるように思う。

 大阪府はほとんどの統計指標で劣化しているのに、インバウンドだけで見た目が賑わっている。
 しかし、ほんとうにミナミの情緒も何もなくなりつつある。
 そんな奈良にはなってほしくない。

2019年5月23日木曜日

スワロフスキーのブローチ

   私の夏の帽子を飾っているのはスワロフスキーのフクロウのブローチで、小学2年生の孫娘からのプレゼントだ。

 誰がどう見てもスワロフスキーだし、高価な光を発している。自慢である。

 どうだ!

 と言いたいところだが、小学2年生が祖父ちゃんにスワロフスキーをプレゼントするはずもなく、奈良のふくろうカフェに行ったらタダでくれた数十円のものだという。

 タダでもらったものでも祖父ちゃんにやろうという気持ちが嬉しいから、帽子につけていかにもスワロフスキーという顔で歩いている。
 スワロフスキーに営業妨害で訴えられるかもしれない。

2019年5月22日水曜日

奈良の五月

   奈良市内に出る機会があった。
 谷幸三先生のFBにあったが、春日奥山が椎の木の花で黄色くなっているのに、その前の御笠山はナギの木のために深緑のまゝで、はっきりと御笠山が区別ができた。
 ナギは春日大社のご神木だが、人間の手の入っていない原始林どおしでどうしてこうも異なる植生なのだろう。
 奥山も遠からずナギ林に代わっていくのだろうか。

   次に東大寺戒壇堂に寄った目的は楝(おうち)の花で、予想どおり満開だった。
 私の記憶ではわが家周辺でも昨年は「裏作」で花が少なかったが、その分今年の楝の花は素晴らしい。
 楝はセンダンの木の花である。
 そして「栴檀は双葉より芳し」のセンダンはビャクダンだから実物を知らないと混乱する。
 〽 楝(おうち)ちる 川べの宿の 門(かど)遠く 水鶏(クイナ)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ ・・・の歌詞を見た若いときは楝の読み方も意味も解らなかった。
 想像どおりの満開で戒壇堂の職員と一緒に楽しんだ。次は蓮を見に来てということだった。ここはいつも人が少なくていい。

 大仏殿は丁度昼食時だったからか、例の「鼻の穴くぐり」が空いていた。
 肩がつっかえていた外国人にバンザイで行くよう教えたら、くぐってから大いに感謝された。
 修学旅行生らしい中学生に「せっかくの機会だからくぐりなさい」と勧めたが、なかなか自分が先頭に立って挑戦しない。それに、か細い中学生が男も女もちょっと狭く感じると中止して止めてしまう。
 ああ、日本の未来はどうなる。
 「行けるからしっかり行きなさい!!」と、つい大声で指導してしまう。反省。

 吉城園(よしきえん)にも寄った。
 上の写真のとおり親ガエルは1匹いたがペアリングの相手がいなかった。
 樹上にも卵胞は一つもできていなかった。
 奈良県知事はモリアオガエルのことなど眼中にもなく開発政策を進めている。
 彼らの合コンも何時までできることやら。
 先日は蛙には少し残酷な「蛙のお供え」を書いて来た。
 今日の可愛い写真でチャラにしてもらおう。

2019年5月21日火曜日

今年もくす玉

   先週、退職者会と労働組合共催で、元職場退職者のレセプションを行なったことは既に書いた。
 そのレセプションだが、ここ数年、くす玉開きでオープニングをしてきたのだが、一体みんなはほんとうに喜んでくれているのやら・・という気分で私はいた。

 そんなことを呟いたところ、メーデーの後の一杯の席で数年前に退職した仲間が「あれは嬉しかった」と返事してくれた。
 なかなかの皮肉屋でもある彼の毒舌とは思えない、思わぬ返事だった。
 そんなもので「また今年もやるか」と気を取り直して制作にかかった次第である。

 そして今年のパーティーも楽しくくす玉で幕を開けられた。
 『無事是名馬』のキャッチコピーもみんな笑ってくれた。

 そしてそして驚いたことがあった。
 会館会場係の人が「毎年見ていますがくす玉は毎年進化してますね」と小さな声で囁いてくれたのだ。
 へぇ~、こんなところに私のくす玉のファンがいたとは・・・
 
 そこで思うのだが、「〇〇工会の実務が無茶苦茶だから〇〇党の印象も良くない」に類するような話が世間にはある。
 〇〇党にとってはエライ迷惑な話だが、こういう側面のあることも大切な事実だろう。
 「高齢者は団結しよう」「生活防衛に頑張ろう」と高邁な理屈を言えば運動が勝手に進むわけではない。
 口は上手いが自分から一肌脱ごうとしない人もみんな知っている。
 とまれ、あほな準備をいっぱいやってそれでスベッテもいいではないか。
 みんな見ていて知っている。(こんなのを「天に唾する」というのだろう)

※ くす玉を簡単に割れるように作ると運搬の途中や取り付け作業中に割れてしまう。
  簡単に割れないように作ると、割れた後に再びふさがってしまう。
  それをどのように克服したか。誰も関心を示さなかったが、それは上手くいった証拠であろう。うふふふ。

2019年5月20日月曜日

纒向の蛙

 4月28日にゾロアスター教を念頭に『悪なる創造物 蛙』を書いたが、その後なんとなく消化不良のまゝ来ているので続きを書く。

 若干繰り返しになるが、奈良の纏向遺跡中枢部近くの穴から、人為的に傷つけられた可能性のある蛙の骨が12匹分見つかった。
 「縄文から弥生時代の土器や銅鐸に蛙が少なからず表現されているが、これは大地の象徴として神聖視されていて神饌(神への供え物)だったのではないか」という辰巳和弘・元同志社大学教授(古代学)の言葉で朝日新聞の記事はまとめられていた。
 
 確かに土器や銅鐸に蛙が表現されているものがある。
 冬の間土中に隠れていた蛙が春に一斉に鳴きだす姿を「再生」の象徴と感じたであろう推測には異議はない。
 また、古い道教の思想では不老不死の嫦娥が月で蛙になっている。
 古事記では、大阪で神農さんの祭りとして馴染みの少彦名神が現れたとき、大国主命がそばにいた蟇蛙(ガマガエル)(多邇具久・たにぐく)に「あれは誰だ」と尋ね、「久延毘古くえびこ)(案山子)なら知っているでしょう」と答えたという。つまりここでは蟇蛙は肯定的に書かれている。

 と、ここまで言いながら「ほんとうに蛙がお供え物?」と私は心底からは納得できず、そこまで言うなら、冒頭に述べたとおり、様々な世界宗教の源流と思われ、紀元前12世紀ごろからまとめられたゾロアスター教の教義が「この世は善と悪の闘争の舞台であり、人間はこの闘争に参加する義務がある」と説き、そして例えば、犬は善なる創造物で蛙は悪なる創造物だと命じた事実の方が重くはないかと考え込んだりした。

   日本列島に話は戻るが、今に続く伝統でいえば、御柱祭りのように縄文の香りふんぷんたる古社の諏訪大社のお正月の大事な神事に蛙狩(かわずがり)神事がある。冬眠中の蛙を2匹掘り出して矢で射って神に供えるものだ。

 蛙に関わる古いところではそんなことしか私には思い浮かばない。
 なので単純に「故に蛙は神聖視されていた」と言い切るには少々消化不良の気分でいる。
 それに、「神聖なものを供えものにするの?」という素朴な疑問も解けていない。
 お供えは、美味しい料理や食材がよくはないのか?

 さて、そも纒向の地は大神(おおみわ)神社の聖域であり、和田萃氏の説くところ大神の神は原初は雷神であったとされている。雷神が龍になりさらには蛇になったという話は大いに肯ける。
 蛇といえば数々の縄文土器に表現されており、その脱皮する姿からそこに再生さらには不老不死をみた神話は地球上にこれもまた数多あるらしい。
 大神(おおみわ)に係る神話にも、活玉依姫(いくたまよりひめ)や倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)の神話のように大物主の神が蛇体で現れる。
 現代でも蛇の信仰は「巳(みい)さん」といって広く親しまれている。

 もうお解かりのとおり、「神聖なものを供えものにした」という説明よりも、蛇神に蛙を供えたという理屈の方が文句なく納得できるがどうだろう。
 纒向の蛙の骨は、雷や雨の神の象徴たる巳(みい)さんに対するお供え物ではなかっただろうか。・・・今日はここまで。

2019年5月19日日曜日

国会もすなる

   身内だけでウケた話で恐縮だが、先日、退職者会の年次総会を行なった。
 あんまりなれ合うと金銭がルーズになったりするからそこはそこそこきっちりした議案をつくり審議するのだが、とは言っても気心の知れた仲間の総会である。
 なので、ともすればマンネリズムに陥りやすい。それを防ぐ知恵はないか?

 と、そこで考えた。「国会もすなるパネルといふものをしてみむ」と。
 国会中継を見ていると、近頃は発言者(質問者)の横でパネルを掲げているのが多くなった。
 確かに、発言の主旨が解りやすい。そも、世の中はヴィジュアル化の時代である。よし、あれをしよう!
 手始めに、活動報告を補完する写真などのパネル?を10数枚製作した。

 本番では、発言者の発言内容に沿ってそのパネルを掲示した。
 結果として、もちろん報告を耳で聴きながら居眠りする人も全くなく。
 お褒めの言葉もいただいた。
 来年もするかどうかは総括しだいだが、きっとやることになることだろう。
 自業自得というべきか。言いだしっぺが荷を担がなければならないのが世の常である。

 さて、広く世間を見ると、八法亭みややっこコト飯田弁護士は憲法の講演を正真正銘の落語でされている。
 法大の上西教授は国会パブリックビューイングを街頭でされている。
 京大の高山教授は憲法集会でナウシカのコスチュームで改憲案を批判・解説された。
 メッセージの伝え方の、そういう工夫や挑戦、そして情熱こそが世の中を変えるのだ。
 先日からFBに、エプソンの高輝度レーザープロジェクターの広告がよく出てくる。「明るい会議室でも鮮やかに投映!」がキャッチコピーである。これならパワポで何かが出来そうだ。でも老老介護中のただの年金生活者には高そうだ。

2019年5月18日土曜日

介護の決断

   私が要介護度の基準をつくる立場でいたらやはりこんな風に書くかもしれないと思いつつ、でも、これをつくった人は介護の経験のない医師や公務員や「専門家」だろうなあとしみじみ思うことがある。

 例えば、「歩行」に焦点を当ててみると要介護度の基準は次のようになっている。
 要介護1 ・歩行や両足での立位保持などの移動の動作に何らかの支えを必要とすることがある。
  要介護2 ・歩行や両足での立位保持などの移動の動作に何らかの支えを必要とする。
  要介護3 ・歩行や両足での立位保持などの移動の動作が自分でできないことがある。
  要介護4 ・歩行や両足での立位保持などの移動の動作が自分ひとりではできない。
  要介護5 ・歩行や両足での立位保持などの移動の動作ができない。

 もちろん要介護度は歩行のことだけで判断するものではないが、「多くの不安行動や全般的な理解の低下がみられることがある」認知症と重ね合わせると、介護するのに一番苦労するのは「どうにか歩行ができる」要介護者である。危なっかしくて目が離せない。
 つまり、介護に一番苦労する状態の評価が低く、反対に、もう車椅子生活になってしまって、ある意味「おとなしくなった」要介護者の評価が高くなっている。この矛盾の「感覚」は経験者でないと判らないかもしれない。

 百姓仕事で鍛えられた義母は、足腰が比較的丈夫である。そして一方で、自分が弱っているという自覚がない。
 そんなものだから、転倒して大腿骨骨折で入院したことがある。超高齢者が大腿骨骨折で入院すると急速に全身状態が悪化するともいわれているが、そういう常識に反して、おかげで退院できた。
 その後も、勝手に起き上がって転倒して顔面打撲で入れ歯が壊れたこともある。
 不謹慎かもしれないが、穏やかな生活のためには「立てなくなって欲しい」とも思ったこともある。

 ・・・老人ホームから電話があった。嫌な予感どおり、再び転倒して大腿骨を骨折した。
 病院へ跳んでいった妻は医師が「手術する」というのに、「100歳近い患者を手術してどうなるのか」と反論すると、医師も「それもそうだ」と簡単に方針を変更して、鎮痛剤服用でそのままにすることを決定したという。
 手術をしてギブス固定をして絶対安静を強力に強いるよりは「よりましな」選択を妻は決断したことになる。
 人生にはつらい決断を迫られる場面が避けられない。
 自分が介護されるときの教訓にしたいがそのとき此方の認知がどうなっているやら。
 夫婦で「お互いに延命治療に類することは一切避けよう」と何回も確認し合っている。

2019年5月17日金曜日

高歌放吟

 先ずは昔語りから。・・・カラオケ以前、宴会といえばアカペラで、誰かが歌えばみんなが手拍子で応え、ときには合唱になった。いろんな意味で誰もが座を盛り上げようという意思で歌をうたった。
   宴会外でも、日活青春映画のように、労働組合青年部の集会などでは腕を組んだり肩を組んだりして歌をうたった。

 カラオケ以後を十把一絡げに評する気はないが、歌う者はスクリーンに向かって歌い、他の者は自分の選曲の準備をするような場面が多々みられるようになった。
 そんなとき私は昔の宴会を懐かしく思ったりした。

 幸いにというか、私たちの労働運動の結果、元の職場は恣意的な人事を許さず、基本的には年功序列的な昇進を実現してきた。だから、私のように労働組合の役員経験者も順に中間管理職になったりした。
 なので私は、管理職というほどのことでなくっても、何がしかの企画を担当するようになったときには労働組合員の目で見て感じていた点を大いに仕事に取り入れたつもりだ。(多くのときはより上からの指揮に従わされてはきたが)
 実につまらぬ話だが、大きな仕事の区切りの懇親会では、そんなものでよく腕を組んで合唱したりした。おかしなことに、競争社会とカラオケ社会で育ってきた若い人にはある種の新鮮さもあったようだ。

 ・・・先日、元職場退職者を祝う集いが開かれた。
 わが退職者会はこのレセプションでここ数年「高歌放吟」するのを恒例にしてきた。
 歌は舟木一夫の歌で、毎年楽しい合唱になった。しかし、ここ数年「そんな歌知らんワ」という若い?人々が増えてきた。で私は悩んだ。
 
 そこで、概ね70歳で二つに分け、70歳未満には「世界で一つだけの花」の歌詞と譜面を用意した。
 リードを頼んだTさんはカラオケ伴奏をCDに落とし込んで持ってきてくれた。
 少々真面目過ぎるTさんのリードで上手くいくだろうかという一抹の不安があったが、『念ずれば花ひらく』の言葉もあるように、彼の情熱が仲間に伝染したように私には見えた。
 来年はSMAPの手の振りをいれようか? もっと別の歌がいいか? 今年の成功を喜びながらもう来年の心配をしている。

2019年5月16日木曜日

ビー玉の取り出し方

   夏ちゃんファミリーがラムネ瓶を提げて「プライヤーレンチを貸して」と言ってやってきた。ビー玉を取り出そうといういう。
 少々のペンチでは歯が立たなかったらしい。
 プライヤーレンチはモンキーレンチ並みの力を発揮するから、ビニール部分を摘んで思いっきり剥がそうという。ところがこれがウンともスンとも動かない。
 最後に私が、廻してみて接着を剥がそうとしたところ、ついに瓶にひびが入ってしまった。これ以上は危険なので中止した。

 あとでネットで検索すると、この蓋の部分は二種類あるという。
 ひとつはねじ式で私が試みたように回せば取れる。
 もう一つは締め付け型で、蓋の下部がギュッと閉まっているので、この部分をニッパー等で切れば取れる。
 ところがこれはそのどちらでもなく、蓋全体が全面的に強力に接着されていた。
 金鋸等々いろんな道具で挑戦したが結局ダメだった。

 最初から昔ながらのガラス瓶の口そのものをすぼめたものなら「取り出そう」という気も起らなかったのに。ああ。
 ビー玉そのものは何個も詰めて百均で売っている。
 久々に敗北感に襲われている。

2019年5月15日水曜日

ミロクのふるさと

 11日にNHK BSで『シルクロード美の回廊Ⅱ▽微笑みがきた道』を観た。タイトルに期待していたとおりの内容だった。
   奈良斑鳩中宮寺の半跏思惟像のアルカイックスマイルのルーツ探しで、4Kカメラは今回海外初公開の麦積山石窟をスタートして、シルクロード河西回廊の敦煌・莫高窟、楡林窟などの数々の仏像や仏画を紹介してくれた。
 それらの顔は、このテーマのために取捨選択されたのかもしれないが、いずれも微笑んでいた。

 そして私が一番期待していた”その先”にカメラは進んだ。アフガンのバーミアンである。
 この地はシルクロードの結節点、広義のガンダーラ地方と言っても大きな間違いではないだろう。
 インド東北部ガンジス川に起こった仏教は当初は仏像を持たなかったらしい。現在のイスラム教とよく似た論理だったらしい。
 それが西北に進んでこの地でより西側の文明と出会って、ギリシャ文明の象徴たる彫像という技術・文化を取り入れて仏像文化となって東漸して飛鳥文化にまでたどり着いた。

 同時にこの西アジアの地は古代アーリア人の文明の地でもあった。
 後にゾロアスターによって整理される以前の多神教の文明の地で、その中に有力な「ミスラ信仰」があった。仏教に取り入れられて「弥勒信仰」となった。西に行っては後にローマ帝国のミトラ教となった。
 ギリシャ彫刻の文化とミスラ信仰の東漸こそが微笑みの道だったのだ。

 奈良の地でシルクロードを語る場面では、多くは長安で終わりである。少し親切に言えば「国際都市長安」だから西域の文化も多少は含んでいる。
 しかし今般の中宮寺の(弥勒)菩薩半跏像(伝如意輪観音像)の故郷は、はるか西アジア~中央アジア~ギリシャ~ローマに通じている。

 私は法隆寺の柱の膨らみまでエンタシスという論には組しないが、何でもかんでも「ニッポン偉い」的な皇国史観に通じる狭隘な歴史感、文明感は夜郎自大だと思う。
 頭の中に世界地図を広げて世界史年表をめくって自国の歴史を語る方が何百倍も楽しいのに。

2019年5月14日火曜日

五葷

   不許葷酒入山門(葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず)の葷は五つあり五葷という。五葷の一部には諸説あるが、基本形は、大蒜(ニンニク)・小蒜(ヒル)・興渠(ニラ)・慈葱(ネギ)・茖葱(ラッキョウ)とされている。
 植物であるのに精進料理にさえ忌避される理由はこれも諸説あるが、いずれもいわゆる精力材なので修行の妨げになるということだろう。

 ということは反対に言えばアンチエージングの推奨食材なので、在家の凡夫たる我々が避ける必要はない。

 山野草料理に詳しい田中澄江さんのエッセイの中に、「女から女へと精力的にわたり歩いた光源氏の君は何を食べていたかと市川崑監督と話し合ったとき、多分、鴨川の土手などのノビルを採って来させていただろうということになった」というくだりがあった。

 義母の入居している老人ホームの庭にその小蒜(ノビル)が出ている。
 去年も何本か採って戴いた。
 今年のは少し小さいからもう少し置いておこう。
 2週間後に家族会の行事があるから、みんなに酢味噌か田楽味噌で齧ってもらおうかと考えている。
 去年の会報に「庭にノビルがある」とその場所まで書いたから、それまでに誰かに摘まれてしまうかも知れない。

2019年5月13日月曜日

落語に花咲く仏教

   近鉄大阪線に俊徳道(しゅんとくみち)という駅がある。駅名は駅の横を通る街道・俊徳道に依る。
 街道・俊徳道は、河内国・高安に住んでいた俊徳丸が、高安から四天王寺へ通った道といわれ、沿道の広範囲に亘り『俊徳』と冠される施設・旧跡などが点在する。

 その俊徳丸だが、能、説教節、文楽、歌舞伎、河内音頭、そして落語に登場する主人公だが、早い話が物語上の人物である。それが実際の街道の名前にまでなっているには大阪の宗教性があると、著者の釈 撤宗(しゃくてっしゅう)は説く。
 『落語に花咲く仏教--宗教と芸能は共振する』(朝日選書)は非常に読みごたえのある本である。

 「伝統芸能はなんらかの宗教性をもっている。少なくともその芸能の源流をたどれば、宗教儀礼や宗教思想と無縁であることはない。五来 重(ごらいしげる)が指摘するように、芸能について考察する場合、芸能史や民俗学などのアプローチだけでは不十分である」と書いてあるのだが、なかなか、散楽、猿楽、田楽あたりから落語に至る第一級の芸能史になっている。

 このブログに書いたこともあるが、私は説教節もデロレン祭文も見聞した。俊徳丸であげた芸能だけでなく、講談、浪曲、江州音頭等々もこの範疇に含まれる。
 仏教を知れば伝統芸能が何倍も楽しくなるし、能のそれ等は仏教を抜きにしては理解さえできない演目も多い。
 この本は購入して損はない。

2019年5月12日日曜日

銅鐸を愛した弥生人

   5月8日の『土偶大好き1』でNHK BSの『英雄たちの選択▽追跡!土偶を愛した弥生人たち~縄文と弥生をつなぐミステリー』に触れ、「縄文時代の流れをくむ土偶を愛した(?)弥生人が、近畿地方にいた」ことを紹介したが、その放送では、弥生の先進地域九州北部の弥生時代早期(前10C~前8C)から前期(前7C~前4C半ば)の遺跡から、東北地方の亀ヶ岡系土器(縄文晩期)が出土することも大きな問題提起だった。

 ツイッターなどでは「弥生人と縄文人が雑居していただけではないのか」というような投稿もあるが、上記の事実はそんなものではないことを物語っている。
 もっと言えば、「西の方には新しい文化があるらしい」と、東北の縄文人が九州まで「国内留学?」や「移住」をしていたらしい。
 有名な姫川のヒスイの全国的出土状況からみても、縄文人の結構な流動性、あるいはネットワークは侮れない。
 それに比べると稲作弥生人は土地にへばりついて流動性は低下する。弥生~江戸時代の目で縄文を見ると間違う。

 時代は下って古墳時代の大和その他の古墳からゴホウラ貝の腕輪が大量に出土したりする。その場合、被葬者は女性が推定される。
 琉球諸島のゴホウラ貝の採取と流通をになった人々も縄文系文化の後継者であろう。
 つまり、稲作弥生人と、猟や漁に携わる縄文人は、雑居ではなく交流・交易し共存していたのだろう。古墳時代の一側面からもそのように想像できる。
 つまり、古く劣った縄文文化が終わり、新しい弥生文化が日本列島を席巻したと考えるのは単純すぎて正しくないと放送の出演者は口々に語り、私は大いに納得した。

   わが家の近くに銅鐸出土地がある。相楽山銅鐸(そうらくやまどうたく)と呼ばれている。
 高さ40㎝、重さ1.9㎏の中型のもので、三角形を連ねた鋸歯文(きょしもん)と袈裟に似た格子を縦横に組み合わせた袈裟襷文(けさたすきもん)で飾られた扁平紐(へんぺいちゅう)六区画袈裟襷文銅鐸で、この銅鐸は鳴らした痕がない弥生時代の謎の製品(一般には祭器)である。

 かつては畿内の銅鐸、九州の銅剣・銅矛と言われたが、九州でも銅鐸の鋳型が見つかった。
 弥生もまた一色でなく、いろんな人がいて共存し、果ては戦った(倭国大乱)。
 この銅鐸の所有者はどんな人だったのだろう。住宅地の路上に小さなプレートがあった。

2019年5月11日土曜日

2019年春のメディアを覚えておこう

 私はメディア評論家でもないから、一連の天皇代替わりに関わるテレビなどはほとんどと言っていいほど見ていない。
 専ら本の虫になっていたし、あえて言えばラジオの「子ども科学電話相談室」などを聞いていた。
 「録画に貯めていた番組を見ていた」「ツタヤからレンタルした映画等を見ていた」「旅行などでテレビは見ていない」という知人も多かった。
 それでも、テレビ番組欄のタイトルだけでも「そこまでするか」という感じはわかったし、ニュースの端々でも「お祭り騒ぎ」は理解できた。
 
   そういう状況なので、この間のメディアの分析など到底できないから、ホンの狭い範囲の感想を述べることにする。
 第一は、確かに憲法の精神よりも政権に忖度した報道が続いたが、30年前とは相当趣きが異なっていたように感じた。
 30年前の代替わりは、天皇という人の逝去と重なっており、市民社会の礼儀という感覚とも重なって、いろんな批判が自粛を余儀なくされる大きな同調圧力があったが、あのときの重苦しさほどは今回はなかったのでないか。

 第二は、それにしてもこの報道姿勢は何だろうと考えると、過小評価してはならないが、「年が明けておめでとうございます」「新しい店が開店して行列ができている」「有名グループが解散する」とほゞ同じ土俵の出来事なのかと私は感じた。もっと言えば、「街はハロウィンで賑わっています」的な報道だった気がする。

 第三に、だから「令和の時代に期待したい」という発言者も安倍政権を支持するわけでなく、「一般参賀」に行った人々も憲法改正を支持するわけでもないと私は思う。
 メディアが作り出す「熱狂」の瞬間風速の恐ろしさは過小評価してはならないが、今般の代替わり報道を過大評価する必要もないのではないか。
 ただ、安倍首相や右翼勢力が若い天皇をいいことに「元号事前報告?」のような天皇の政治利用を強化していることは間違いなく、その危険性の注意喚起は大切だと思う。

 終わりに、そもそも現憲法の第2章以下の民主主義と第1章の天皇制は矛盾している。
 違う角度から言っても、一夫一婦制と男系男子も遠からず破綻する可能性がある。
 冷泉家のような元貴族や徳川家のような元幕府・大名は、財団等の法人となって歴史を残していることを想起したい。。
 芸の世界では家元、宗家、本山等が財団等の法人になっている。
 寺社は宗教法人としてその歴史を継承している。
 民主主義国家の中で天皇家をどう位置付けるのかは大いに議論すればいい。
 権威は自ずと滲み出るようなもので、外から権威付けをしようとするから無理が生じるのだ。

以上が「代替わり」に直接関係する私の感想であるが、なお、改元に関するテレビの歪みも非常に酷いという指摘がある。「指摘がある」と間接話法なのは前述のとおりその種のテレビも全く見ていなかったから・・・。

『リテラ』などの指摘によると、テレビ各局の“平成事件振り返り”から「福島原発事故」が見事に消えていたという。以下『リテラ』等の文章の要旨を引用する。

 46日に放送された『池上彰のニュース そうだったのか! 3時間スペシャル』(テレビ朝日)の内容は「平成30年大ニュース」と題し、平成の時代に起こった事件や出来事を「昭和」と比較し分析するというもので、ゆとり教育や消費税導入、テロの激増、そして「日本を大きく変えた自然災害」として西日本豪雨、雲仙・普賢岳などともに東日本大震災にも触れられていた。
ところが、その震災についても「SNSが普及」「LINEに既読機能が」といった災害対策がメインで、多くの国民に甚大かつ深刻な被害を与えた福島原発事故についてはクローズアップしなかった。

フジテレビが331日に放送した『報道スクープ映像 昭和・平成の衝撃事件!大追跡SP』も同様で、昭和のロス疑惑まで取り上げているのに、原発事故にフォーカスすることはなかった。

 NHKでも同じ現象が起きている。『NHKスペシャル』ではこの間、「平成史スクープドキュメント」と銘打った回顧シリーズを放送していたが、「大リーガーNOMO」「山一証券破綻」「小選挙区制導入」「安室奈美恵」などがテーマで、原発事故は結局、テーマにならなかった。

 情報番組やワイドショーも、この間、レギュラー枠の中で平成ふりかえり企画を放送したが、やはり原発事故をクローズアップした番組は皆無。

 とくに、平成最後の日の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ系)は、「年表で振り返る30年間」として平成の事件を振り返り、小泉政権の誕生、高橋尚子のシドニー金メダル、ライブドア事件などはたっぷり映像で放送したのだが、2011年になると、「災害の多かった平成、なかでも東日本大震災、いまだに復興道半ば」という短いコメントとともに、津波で押し流された町の写真パネルが一瞬、映されただけで、すぐに「それから2012年、東京オリンピック開催決定、スカイツリー開業、えーそんな前になんの?」と、宮根がおちゃらけトークで別の話題に移してしまった。

この間、原発事故のことをきちんと取り上げていたのは『報ステ』やTBS、それも報道局が作った番組くらいで、他の民放も、NHKも明らかに原発事故を避けていた。

その理由のひとつは安倍政権に対する忖度
直接的な現場への圧力というのは不明だが、局の上層部には、『五輪を前に日本の安全をアピールする必要がある。協力してほしい』というプレッシャーがかかっているようだ。
そのためか、原発事故をクローズアップしようとすると、上から『風評被害を助長するのはどうか』とクレームがつく。振り返り企画でも、そういう空気を忖度したということらしい。

もう1つの理由は、電力会社による“原発広告”の復活。
 事故から34年が経った頃から、メディアでは“原発広告”が完全に復活。さらに、原発再稼働政策を推し進める安倍政権と歩調を合わせるように、電力業界は広告費を増やし、再びマスコミを“カネ”で漬け込んで“原発タブー”を作り出している。

 安倍政権への忖度、原子力ムラによる大量の広告出稿によって、マスコミは再び原発安全神話に加担し、原子力ムラと一体化しつつある。
平成の最大の人災でもあり、世界でも未曾有の原発事故を平成の終わりとともに「なかった」ことにされてしまうのだろうか。

ご存知のとおり、原発事故は、収束していない。
 メルトダウンして溶け落ちたデブリの全容は未だ把握出来てない。
 仮に取り出せたとしても、保管方法が決まってない。
 汚染水は溜まり続け、あと2年でタンクの設置場所がなくなる。
 放射能が怖くて避難してる人たちは、避難先の住まいから追い出されようとしている。
 子どもたちの甲状腺がん多発の原因を、調べようともせず放置している。

こんな状態を報道もせず、安全神話の時代に後戻りするテレビに蛙たちは茹でられていることも知らず温泉気分でいる。

2019年5月10日金曜日

土偶大好き 2

   「土偶羊羹(どぐうようかん)」は大型連休に茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館に行ってきた夏ちゃんファミリーからの連休土産だ。箸置は以前から私が持っていた。帽子のアクセサリーも持っていた。
 そんなもので土産を前にして「土偶は壊すために作っていたという説がある」など楽しく語らった。

 昔、「はじめ人間ギャートルズ」という園山俊二の漫画があったが、縄文人というと概ねそれとあまり変わらないイメージがないだろうか。

 歴史をさかのぼると、古事記が完成したのが西暦の712年、通説の弥生時代というのが紀元前10世紀後半から、そして縄文時代というのが紀元前13,000年頃からというから、縄文をそう軽々しく判ったような顔で語るのはどうかということになる。

 そうしたら縄文=ギャートルズのイメージはどうして広がったのだろうか。ただ単に学問のレベルが低かったからだろうか。
 答えを言えば、犯人は皇国史観であった。
 皇国史観は考古学的事実(つまり学問)を無視して紀元前660年に神武天皇が即位したとした。神武の父母より前は神々であった。
 そして、神武天皇が征服した相手は荒ぶる神々や土蜘蛛だった。

 早い話が、神武以前に地上には人間の文化などなく、いたのは土蜘蛛などの野蛮人、つまりはギャートルズだったというのが皇国史観であった。

 だから今日の小論で私が言いたいことは、土偶と縄文文化を考える前提として、再び皇国史観を復活させようと企む日本会議等右翼の主張をきっちりと批判しなければ、正確な縄文文化に到底到達できないし、安倍政権の改憲議論などを見ていると、そういう心配が非常に現実のものとなっているということの指摘である。

2019年5月9日木曜日

退任を願って已みません

 4月30日の退位礼正殿の儀で安倍晋三氏が国民代表として挨拶し、退位された上皇に対し「末永くお健やかであらせられますことを願っていません」と述べたことについてネット上で批判があった。

   映像を見る限り少し言い淀んで言い返し、その際ふにゃふにゃと、聞きようによっては「いません」と確かに聞こえたが、私はフェースブックで「揚げ足取りのような批判は好きでない」と呟いて静観した。

 しかしその後、右翼の一水会が抗議するなどして、その映像が官邸ホームページから削除されたというから、首相官邸自身が「願っていません」と言ったことを認めたということになる。
 だとしたら、相当大きなポカである。

 つまり、それは”言い淀んだ”のではなく、「已みません(やみません)」を「已(い)」と読んだということがわかった。「已(い)」と読む熟語はあまり一般的なものがないから、「い」と読んだ首相の博識を誉めても良いような気がしないでもないが、「願ってやみません」と読むのが常識中の常識だから、度重なる誤読と同じように、首相の常識的教養のなさが露呈したものだろう。

 また、1回も目を通すこともなくあの場に臨んだらしくもあるから、相当傲慢のそしりを免れ得まい。
 故に、私は安倍晋三氏の首相からの退任を願って已まない。

2019年5月8日水曜日

土偶大好き 1

 先日放送されたNHK・BSプレミアム『 英雄たちの選択▽追跡!土偶を愛した弥生人たち~縄文と弥生をつなぐミステリー』は結構面白かった。

   私も何回か行ったことのある大阪府立弥生文化博物館は、大阪府和泉市池上~泉大津市曽根の『池上曽根遺跡』の上にある。
 日本を代表する弥生遺跡であり、全国で唯一「弥生」にズームアップした博物館である。
 今回の放送は、以前にここの博物館で私が疑問に思った「何故弥生の博物館に石棒があるの?」と関連していた。

 放送のキモは次のことであった。
 大陸から伝わった水田稲作と青銅器・鉄器を特徴とする弥生文化が、北九州から東・北に向かって、瞬く間に縄文文化を席巻して弥生時代が到来したというのがこれまでの通説だった。
 ところが近年、縄文時代の流れをくむ土偶が、少なからず近畿地方の弥生の遺跡から出土していることが報告された。
 縄文時代の流れをくむ土偶や石棒を好んだ弥生人が近畿地方にいた!
 近年発表された衝撃的な仮説を徹底検証し、知られざる縄文から弥生への移行期の謎に迫る。
 縄文系弥生人の存在が浮かび上がってきた。

 放送を観ながら私は何度も肯いた。
 例えば、陶器よりも磁器の方が軽くて硬くて絶対に質は良い。それでも陶器の方が何となく好きな自分がいる。
 理数の論理が好きだが、山や大岩に神を見る信仰も嫌いでない。
 小学校の教室に貼ってあった時代区分年表は「そんなに単純ではない」と省みる必要がありそうだ。
 夏ちゃんからは大阪府立弥生文化博物館に連れて行ってと頼まれている。夏ちゃんはこの頃土偶が好きらしい。 

 閑話休題
 大阪維新は「大阪府立弥生文化博物館と大阪府立近つ飛鳥博物館と二つあるのは二重で無駄だから弥生文化博物館を廃止せよ」と主張した。
 弥生時代と古墳時代の区別もつかない噴飯ものだが、結構マスコミにも取り上げられて危険な状況にあるのは間違いない。
 池上曽根遺跡は大阪なので徹底的な発掘がされていないが、ほんとうに発掘されたなら吉野ヶ里遺跡を超えるだろうともいわれている。
 弥生も古墳も解明されなくても今日明日の生活には困らないかもしれない。しかし、ほんとうにそれでいいのか。人はパンのみに生くるにあらず。

2019年5月7日火曜日

連休おわり

   わが家(二人)にとっては大型連休も何もなかった。
 連休中に行った老人ホームのスタッフも連休とは関係なかった。
 しかしマスコミは日本国民全員が例外なく連休中だというような報道ぶりだった。
 マスコミというのは、嘘ではなくてもこのように報道する。それがレジャーの報道の場合はまだそれでもいいが、政治や社会問題でも同様の歪みがある。

 その場合、なんだかそれに従った行動をとらなければならないような同調圧力が存在する。
 その瞬間風速が選挙結果に影響するのは怖いことである。

 だから、いわゆるリベラル派は、真面目であることと同時に「メッセージの伝え方」について習熟する必要がある。なので、ネットは苦手だ!などという怠け者の主張を誇らしげに語るのは百害以外の何ものでもない。

 一昨日は孫の夏ちゃんが来てくれたが、昨日は凜ちゃんが来てくれた。
 なので、わが家(二人)の連休のピークであった。
 どちらのファミリーも連休中の旅行の楽しい土産話を聞かせてくれた。
 特に息子が小さかったときは、土日祝日そして連休に限ってよく病気になったから、二つのファミリーが健康で楽しく旅行を終えたことにホッとしている。

2019年5月6日月曜日

改憲4項目をナウシカが解説

 3日前は憲法記念日で、現憲法72歳のお誕生日だったから、やはり現下の憲法改正問題について一言触れておきたい。
   憲法記念日の3日、東京で開かれた集会で、高山佳奈子京大教授氏が「今変えるべきは憲法ではなく安倍晋三政権だ」と訴えた。
 その、自民党改憲4項目に関する「論建て」が気に入ったので記録しておく。氏の発言要旨は次のようなものだった。
 その前に、氏は風の谷のナウシカのコスプレで登壇している。なんというか、私はその発想力と行動力にただただ脱帽している。こんなリーダーが大阪にもほしい。

 ◆ 自民党改憲4項目中の「教育の充実」ということについては、すでに憲法26条1項が次のように定めている。『すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』。これでいいじゃないですか。具体的なことは教育基本法や学校教育法などの法律できちんと決めればいいことです」

 次に「参院の合区解消」。これも憲法47条で『選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める』とあります。公職選挙法で選挙制度は決めています。これでいいじゃないですか」

 「緊急事態条項」は憲法にはもちろん既定がないわけですし、つくることも想定されていませんが、災害対策基本法105条1項に『緊急事態布告』という制度を定めています。『非常災害が発生し、かつ当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について、災害緊急事態の布告を発することができる』。これでいいじゃないですか」

 最後の「9条」ですが、憲法の第2章『戦争の放棄』という章で、戦争放棄しか書いていないところに自衛隊を入れますと、第1章『天皇』、第2章『自衛隊』、第3章『国民の権利及び義務』、第4章『国会』、第5章『内閣』、第6章『司法』というようになって、天皇と自衛隊が並び、(立法、行政、司法の)三権から独立する存在になってしまいます。このような荒唐無稽な改憲は許すことはできないと思います。皆さん、おかしいということをどんどん広めていきましょう」◆

 
 ‥というように、私には非常に解りやすかった。
 氏は、選挙に対する冷笑主義についても次のように語っている。これにも完全に同意したい。

 ◆「2017年の衆院選では、自民党が2672万票を獲得し、得票率は48%ぐらいだった。ただ、大きな問題は棄権された人の数が4914万だったということです。もちろんこの中には身体的、精神的な状態によって、そもそも投票に行くことが困難という方も少しは混じっているかもしれませんが、それでも改憲勢力を支持する人たちよりも多くの数の人たちが棄権という結果になっています。実際には、この人たちが今の政権を支えることになっているという点に気付かないといけないと思っています」

 「よく若い人たちの間に『投票には興味がない』『政治には失望しているから』と言って、かっこつけているような感じで棄権をする方がいらっしゃいます。しかし、この行動は、単に何もしないということではありません。単なる政治に対する皮肉ではありません。民主主義を自分の行動でもって否定しているということです。投票に行かないということは、誰が政権の座に就こうがそれに従うという意思を自分の行動で示しているということでありますから、まさに独裁制を支持するという考え方。自分は人間としてではなく、奴隷として生きるという意思の表明であります。このことに気づいてほしいです」

 「なかなか若い方々は政治の問題、自分のこととして考える機会もないかもしれませんが、若い方に限らず投票に行かないということが、民主主義への攻撃だということを知ってほしいと思っています」

2019年5月5日日曜日

端午の節句

   端午の節句というと菖蒲湯に入って、その菖蒲で鉢巻きをするものだが、去年まで定点観測のように写真に応じてくれていた孫の夏ちゃんが今年は応じてくれなかった。
 寂しいけれどこれも成長の一側面なのだろう。

 五月人形は寄贈してしまったが、鯉のぼりをあげて、粽と柏餅をいただいて、そして菖蒲で鉢巻きをしたから向う1年も息災に違いない。

 端午の節句の民俗としてはこの外に薬玉があるが、こちらはその進化系を15日のOB会・レセプションでご披露する。

  テレビでは、天皇の代替わりを伝統だ伝統だと囃しているが、伝統なんていうものは民俗行事の中にあるように思う。
 それを大事にせず、テレビが報じる「みんながやっている」的な同調強要に踊っているのは伝統でも何でもない。 

元ネトウヨのコラム

   朝日新聞5月4日のこの記事は面白い。
 元ネトウヨ(ネット右翼)の塚崎昇平氏は自衛隊の航空ショーなどが好きで安全保障に関心を持った。
 関心のまゝに国防や国家のことをツイッターで呟いた。
 沖縄の地元紙や基地反対の人は「反日勢力」!という情報が渦巻く中で氏は同様に発信した。
 そういうことをネットで発信することで国を良くすることができると信じていた。

 そのため、ヘリパッド反対で座り込んでいる人たちを論破しようと出かけて行ったところ、そこには「日当を貰っている人」も「中国や韓国の人」もいないばかりか、ただ「生活を守りたい」という”想定外”の市民の言葉に気おされ、これまでは自分に都合の良い情報ばかりに触れていたと気づいた。

 で、沖縄地元紙の記者になり「ネット右翼でした」というコラムを書いた。
 「あなたの過去の発信で傷ついた人もいる」とも指摘されたという。
 結局、立場の違う人と話すことで世界が広がったし、そのことが非常に大切だと思う。

 大要はそんなところだった・・・私はいろんなことを感じ考えさせられた。
 避けて通れないネット社会の「フエイクニュース」の圧倒的な恐ろしさ。
 一方、それでも事実・真実はフェイクニュースを覆せるというある種の真理。
 新聞はおろかテレビの正規の報道番組すら見ないという若い人々らの風潮の広まりの中で、一市民として私に何ができるか。・・等々。

 フェイクニュースを含むネット社会全体の流れをを止めることはできないと私は思う。
 この春だけでも料理の注文をiPad的タブレットで行うお店3軒に出くわした。
 操作の基本はスマホと同じレベルである。
 ガラケー以前の人は「注文は聞きに来い」と怒っているが、私(わたし)的にはそういう老人の組に入りたくない。この流れは止めることはできないと思う。

 ネットを利用している人は、誰もがネット社会には不良な部分が混じっていることは濃淡は別にして解っていると思う。
 その中で人々は”よりまともな”ニュースには「何らかの人」を介して接近することになる。それは著名人であったり知人であったりする。そういう”知人”がネット社会の中で増えると嬉しいが、今はそのまともな仲介者が圧倒的に少ない。

 だとすると、それは人間性の問題だと言ってしまえば身も蓋もないが、日頃、自分勝手な人だ、人の話を聞かない人だなどと思われている人が、ネットやミニコミ上にご立派な文章を書いたからといって、そんな文字が力を持つはずもない。
 
 圧倒的なネットの世界と、広い友人知人とつなぐ位置に手作りニュースの重要な存在意義があるような気がしている。

2019年5月4日土曜日

新緑いろいろ

 先日まで庭のベニカナメの新芽が真っ赤で見事だったが、それを見ながら私は「何故ベニカナメの新芽は真っ赤なのだろう」と不思議であった。
 チコちゃんではないが年齢を偽ってNHKラジオ子ども科学電話相談室に架けたいくらいの気持ちでいた。

シラタマミズキ
   そうしたら430日、BGMのように聞き流していた子ども科学電話相談室に「紅葉や黄葉はあるのに何故青や紫にならないのですか」という質問があった。
 (詳細を知りたい方は「らじるらじる」で聴いてもらいたい)

 回答は塚谷裕一先生で、回答の後半で「新芽では紫のような木がある」という話になり、私の疑問と重なってきた。
 ところが驚いたその結論は、「いろんな説があって解らない」だった。ええっ!

 いろんな説のひとつは、若い葉っぱはまだ十分にカラダが出来上がっていないので、強力な太陽光線(エネルギー)から身を守るために太陽光のフィルターのためにそんな色になっているという説で、

 もう一つは、若い葉っぱは弱いし、これから働き盛りになるのだから、虫に食われないように「食べにくい色」になって身を守っているというものだった。

 いやいや驚いた。私の驚きは、太陽系の外まで衛星を運ぼうかという時代に、こういう基礎的な事柄がまだまだ解明されていないという予想外の回答だったからである。

 さて庭には昨年植えたシラタマミズキの木がある。これは薄い黄緑色である。これも太陽光線のフィルターだろうか、虫に敬遠させる色だろうか。私の感覚では二つの回答とも十分納得できるものではない。解らない。

 先日根粒バクテリアの窒素同化作用を書いたが、掃いて捨てるほどある植物ではお茶の子さいさいのように、そのように、人間がお茶の子さいさいと炭酸ガスと水で炭水化物が出来て、さらに合成(化合)を進めることができれば、人類の食料不足は根本的に解決する。
 わずか1㎜もない葉っぱでできていることを人類は未だに真似すらできていない。
 木々の新芽を見ながら自然に対して頭が下がってくる。人間はちっぽけだ。

2019年5月3日金曜日

メーデーあれこれ

写真は谷さんのFBからコピーさせていただいた。
   扇町公園であった大阪メーデーについて二つの思いを述べたい。
 ひとつは歌声のことである。
 〽晴れた五月、〽世界をつなげ花の輪に、〽聞け万国の労働者、〽がんばろう、そしてトランペットが〽インターナショナルだった。正確に言えば、その後私の知らない新しい歌があったが・・・。
 いま挙げた歌は一言で言って懐かしい。私は気持ちよく大声を張り上げた。私個人に不満はない。

 しかし、現職の組合員、就中若い組合員はこの歌詞、この旋律にどういう風な感情を抱くだろうかと心の整理がつかない。
 私と同年代の皆さんは子や場合によっては孫の顔を思い浮かべてほしい。

 およそ50年前のメーデーでも我々はギターを伴奏にフォークを歌っていた。
 それよりも原点に返って?「古典」を噛み締めるという趣向だったのだろうか。
 私も古典を大事にする気は多いにある。
 しかし、正直に言ってこのセンスに青年が心を震わせてくれるとは思わない。
 答はどうでもよいから、そんな議論を現役組がしてほしい。ほんとうにこんな選曲でいいのですか。

 二つ目は、去年も言ったことだが、プラカード・デコレーションコンクールの優秀作品の披露である。
 扇町公園のみんなが立っている同じ地面の前方を歩いてもほとんどの参加者にはほとんど見えない。
 そのことは去年、単産の委員長にも強く意見を申し述べた。
 しかし今年も同じだった。
 舞台上の”偉い”人々がちょっと後ろに退けばいっぺんに華やぐと思うのだがどうだろう。
 
 三流公務員の前例踏襲主義のように見えてならない。
 端々にそんな気分が見える運動に魅力はない。
 答はどうでもよいから大議論をしてほしい。
 その答えが、先輩たちは口を挟むな!であればそれはそれでよい。

  「今年のメーデーは何が飛び出すのだろう」とワクワクするようなメーデー集会にしてほしい。挨拶も、決意表明も、何から何まで創意工夫が見えない。

2019年5月2日木曜日

5月1日は

 5月1日は改元の日の前にメーデーですよ。
 淵源はシカゴの労働者が8時間労働制を求めて行なった運動だ。
 8時間労働制の要求は一言でいえば「人間らしく暮らしたい」という要求だ。
 そのことをほとんどスルーするメディアの姿勢は良くない。

 学校を卒業して就職したらそこそこ喰えて、退職金を前提にローンを組めばそこそこの歳にマイホームが実現するというのは贅沢な要求ではない。
 ワーキングプアは、親の仕送りと〇〇喫茶によって見えにくくなっているが、実は働き盛りの引きこもりやうつは全く珍しい話ではない。

 メーデーは現下の課題である。
 しかし、大阪中央(扇町)メーデーが3500人というのは少し寂しい。
 メッセージの伝え方の問題だろうか。

 しかし現役組の話を聞くと、ここ2年間、新規採用職員の全員が全労連傘下の単組に加入したらしい。
 同じ山に登るにしても、子どもたちは親とは違うコースで登るものだという格言もある。
 OBの根性論程ほど有害なものはないともいう。
 令和初のメーデー万歳!

2019年5月1日水曜日

歴代法皇は35人

   35日に『仏教抹殺』という記事をアップした。関連して38日には『天皇家は仏教徒であった』をアップした。
 昨日平成の天皇が退位し、およそ200年ぶりに上皇となり、今日は令和の天皇が即位するので、記録のためにもコピペで申し訳ないが一文を紹介してアップしておきたい。

 紹介するのは35日にアップした文春新書『仏教抹殺』の著者でもある、ジャーナリスト、浄土宗僧侶の鵜飼 秀徳氏である。
 氏のネット上の論文が大いに参考になるので、その骨子を紹介しておきたい。
 テーマは天皇家と上皇と仏教である。      

◆ 歴代天皇125人のうち上皇になったのは60人と半数近くに及び、神話上の天皇を除けば、過半数が上皇になっている。 
その上皇は仏教に帰依し、出家するケースがしばしばであった。出家した上皇は法皇と呼ばれ江戸時代までその慣習は続いた。歴代法皇の数は35人に上る。

法皇の名で呼ばれた最初は第59代宇多天皇で、東寺での受戒の儀式を経て仁和寺に入って住職となった。以来、仁和寺は皇族が住職を務める門跡寺院として繁栄し「御室御所」とも呼ばれるようになった。 
門跡寺院の他には、嵯峨天皇の離宮として建立され「嵯峨御所」と呼ばれた大覚寺や、鳥羽法皇ゆかりの青蓮院、後白河法皇が門主を務めた妙法院など全国に30か寺ほどある。

さらに、京都には「天皇家の菩提寺」である泉涌寺があり、江戸時代までの天皇の墓がある。 
泉涌寺は13世紀、四条天皇の葬儀が泉涌寺で実施され、南北朝時代以降は9代続けて天皇の火葬所となった。(中世以降の天皇の弔いは、仏式の火葬と神道の建前たる土葬が混在する形であり、第108代後水尾天皇以降は表向きは火葬、実質は土葬という不思議な形態だった)

こうして泉涌寺は「皇室の御寺」と位置付けられ、江戸時代の後水尾天皇から孝明天皇、そしてその皇后はすべて泉涌寺の月輪陵(もしくは後月輪陵)と呼ばれる区画に埋葬された。その数は、25陵と5灰塚、9墓(親王らの墓)に及んだ。

泉涌寺の陵墓は、古代の大王(おおきみ)や明治天皇以降の巨大陵墓と比べて、かなり質素で小規模なもので、意匠は仏式の九重の石塔である。
泉涌寺では、歴代天皇の位牌を安置し、朝夕、同寺の僧侶によって、読経がなされている。
各天皇の祥月命日には皇室の代理として、宮内庁京都事務所からの参拝が行われるという。

以上、長い歴史を俯瞰すれば天皇家と仏教とは切っても切れない関係性にあった。むしろ、明治以降現在までの天皇家のありようのほうが「特殊な状態」と言えるだろう。◆

   ・・・私が言いたいことは、歴史の事実を直視せず、明治以降の、日本史でいえばあだ花みたいな一時期を伝統だ伝統だと騒ぎ立て、政権浮揚策に大動員しているうさん臭さを理性的に観察しようということに尽きる。
   そも元号はそれほど国民・庶民に浸透していたのだろうか。実は「戊辰戦争」の言葉のように、国民・庶民レベルでは干支紀年の方が馴染んでいたのではないだろうか。
   いや元号だとおっしゃるトラキチの皆さんは、明日から「大正13年球場」と呼ぶがいい。

2019年4月30日火曜日

学園広場

   来月(といっても明日から来月)中旬に退職者会の新人歓迎パーティーがある。
 近況報告や歓談も大切だが、少しばかりバカ騒ぎもして楽しい思い出をつくりたい(ただこれには反対意見もあるのだが)。
 70歳以上の組の出し物は毎年ほゞ決まっていて「学園広場」の少しだけ替え歌にしたものだ。

 これはほゞ定番になってきたから、先日は友人から次のようなメールが届いた。
 『今日、四天王寺の古本市で、舟木一夫の「学園広場」のドーナツ盤を見つけました。1963年10月発売で定価300円と記されています。退職者会の集いも近づき、タイムリーなので、早速データ化し添付しました』

 こういう風に前向きに考えてくれるのは嬉しいかぎりだ。高齢者になると口は上手いが手が出ない傾向も否めない。

 ところが、この歌には難点がある。ゲストである新人退職者が60歳とすると1959年(昭和34年)生まれだから、この歌のヒットした1963年(昭和38年)は4歳である。舟木一夫って誰?と尋ねられる。ああ。

 こうなったら60歳代には別メニューが必要だが、それが上手く見つからない。
 今から20年ぐらい前のヒット曲はというと、私個人としてはついていけないアップテンポの歌ばかりだ。
 あえて探せば「世界に一つだけの花」だろうか。60代はノッてくれるだろうか。ああ出口が見えない。

2019年4月29日月曜日

連休始まる

 連休初日の27日に考えた。「みんな浮かれて行楽に行っているだろうから散髪屋は空いているに違いない」と。
 ということで質より値段の1,000円カットに行くと、なんと超満員であった。
 アベノミクスが嘘だとは知っていたが、超大型連休に格安カットに来る庶民のなんと多いことか。すごすごと帰ってきた。

   連休は我が家(夫婦)にとっては文字どおりの連休になる。
 上の孫も下の孫もそれぞれ両親と計画があり、イクジイ、イクバアから解放され、ホッとするやら寂しいやら・・・。
 ただ介護があるから青天井でもなく、なんとなく手持無沙汰の感じと言おうか。

 28日の天気予報はまずまずだった。で我が家(夫婦)も連休バージョンにギアをチェンジした。

 そしてグランピングに出かけたと言いたいところだが、渋滞を回避していつもの長谷やんBBQコーナーに落ち着いた。
 野菜は、ウスイエンドウの若いのを摘んでは焼いたから、贅沢と言えばこれ以上ないほどの贅沢と自画自賛。
 周囲はお花畑。これを「なんと貧しい」と笑うなら笑うがいい。本人は気に入っている。

2019年4月28日日曜日

悪なる創造物 蛙

   4月25日付け朝日新聞夕刊に、邪馬台国かとの有力意見もある奈良の纏向遺跡中枢部大型建物跡近くの穴から、人為的に傷つけられた可能性のある蛙の骨が12匹分見つかったという記事が掲載されていた。

 縄文から弥生時代の土器や銅鐸に蛙が少なからず表現されているが、これは大地の象徴として神聖視されていて神饌(神への供え物)だったのではないかという、辰巳和弘・元同志社大学教授(古代学)の言葉で記事はまとめられていた。

 私は、別にそういうオーソドックスな意見にほとんど異論はないのだが、全く違う可能性というか推論が頭をよぎって胸が大いに騒いだ。
 そこへ行く前に、そもそも新聞記事と辰巳教授見解に単純な疑問がある。
 神饌というと、時代は下るが、米、酒、餅、海の幸、山の幸、菓子、花、縁起物、貴重なものなど神様をもてなすイメージがいろいろ浮かぶのだが、ほんとうに蛙が神饌だったのだろうか。私にはそうそう単純には納得できないがどうだろう。・・・次に本題だ。

 そこで、昭和52年(1977)発刊の朝日新聞社刊『私のシルクロード』を書架の奥から引っ張り出してきた。
 52・2・18と日付のある松本清張著『文明の東西交流』という発言集(論文)を読み返すためであった。
 と、ここまで書くと、これまでの私のブログを読んでいただいた読者には、はは~ん、あれだな!と既に底がバレていることだろう。

 松本清張氏がこのシルクロードに関する講演(の発言集)の中で語られた内容を私が独断と偏見で摘んでみると次のようになる。若干私見もある。
 古事記などの神話の中には、遥か西域~メソポタミア~ヨーロッパの文化が混じっている。
 種々みられる太陽信仰もその一つで、飛鳥の謎の石製品もゾロアスター教の拝火壇などではないか。
 ゾロアスター教と道教は非常に似ており故に融合している。卑弥呼の鬼道はそういうものを含む古い道教だろう。
 後には、仏教も中国経由で入って来たのだから、ゾロアスター教的な、中国でいう祆教的な要素が日本列島に入っていないはずがない。
 密教の護摩や麻薬、そして多くの寺や神社の火の祭り、天皇家や貴族の血族主義、仏像彫刻、閻魔大王の審判と地獄極楽の思想、・・・・・それらの淵源はゾロアスター教にあるのではないか。

 お察しのとおり、別掲の新聞記事から私の意識は松本清張の「火の回路」へと飛んでいったのだ。

 もう一つ、実はこの読書の記憶こそが私の意識が飛んでいった直接の原因なのだが、それは、先日紹介した青木健著『ゾロアスター教』の次の箇所にある。私なりに要旨を摘むとこうである。
 ザラスシュトラ(ゾロアスター)は次のように唱えた。この世は善と悪の闘争の舞台であり、人間はこの闘争に参加する義務があると。
 そして師は、善なるものと悪なるものを、当時のイラン高原西部の習慣などを取り込んで明解に示した。神の啓示のようなものだから「何故!」というその理由など不要なのだろう。
 例えば、犬は善なる創造物で、蛙は悪なる創造物だと。
 このために、忠実なゾロアスター教徒は毎月蛙を殺す日を設け、熱心に蛙を探し出して叩き潰した。と。

 こんな蛙の話は、この本を読むまでどこでも聞いたことがなかったし読んだこともなかった。
 紀元前12世紀ごろからの、様々な世界宗教の源流と思われるゾロアスター教の教義にそういう教えがあったという。
 世界は広く歴史は深い。知らなかった事柄は山のようにある。

 とまれ、新聞記事では蛙の骨には人為的につけられた可能性のある傷が約3割の骨にあったという。
 だとすると、それは神饌などではなく、悪なるものを退治した証し、善行の成果表明の可能性はないのだろうか。
 卑弥呼の鬼道は基本的には古い道教であるが、その中には遥か西の方のゾロアスター教の呪術が溶け込んでいたはずだ。
 桃を供えて邪気を払い、殺した蛙を開陳して「忠実な神の僕である自己証明」を行なったのでは・・・。
 などと、いろんな可能性、仮説を頭の中でめぐらせるのは楽しくてしょうがない。

 今の日本では蛙から「無事帰る」などの文字遊びをして少なからず縁起の良い生き物とされているが、中国神話の嫦娥は月で罰せられてヒキガエルにされているのは、ゾロアスター教と無関係(ただ月の陰影を蛙にみただけ)だろうか。
 まあ、「そんなあほな」とお笑いください。
 でも、ほんとうに「お供え物」という解説に簡単に同意してよいのですか。

2019年4月27日土曜日

孫も孫なら爺も

 小二の孫に「バースデープレゼントは何がいい」と聴いたらただ首をひねるだけで即答がない。
 欲のないかわいい子!というよりも、もう欲しいものは持っている!という感じのNAで、挙句はゲーム機を離さないまま私に「現金!」というから、「わかった、現金50円以外一切あげない」と突っ返した。

 一回り大きな自転車ぐらいは買ってやろうかと心づもりしていたが、それは両親が対応するらしい。それ以外にこちらから提案するような案も思い浮かばない。

   そうしたら孫が、何か思いついたようでサッと私のスマホで検索をし始めた。このあたりの対応がまさに”今どき”の子である。
 で、これが欲しいと言ったのが『110個スライムキット水晶粘土・・・』で、それなら「これと上等の苺‼」と妻が宣言してプレゼントが確定した。

 孫は「いろんなところで売っているがEDIONが判りやすい」と祖母に購入方法までアドバイス。
 そんなもの、見に行っても何が良いのか此方は解らないから、結局それらしいものを私がネットで注文した。(同じようなものがいっぱいあってその全面理解はおよそ不可能)
 このように、孫も孫なら祖父(私)も祖父かもしれないが、今どきのバースデープレゼントは一件落着。
 客観的に見れば、孫も祖父母もけっこう俗世に毒されているというか、資本のIT戦略に取り込まれているのかもしれない。反省。
 スライムがゲル状のものであることぐらいしか私は知らないが、悪いイメージはない。
 皆さん方は孫のバースデープレゼントにどんな対応をなさっておられるのだろう?

2019年4月26日金曜日

カンサイタンポポ(関西蒲公英)

   直ぐ近くの遊歩道にカンサイタンポポが群生している。
 セイヨウタンポポでない在来種は珍しいともいわれる。
 セイヨウタンポポは自家受粉でも種をつけ、その数は在来種よりも多い。そしてすぐに発芽する。
 一方、在来種は他の花の花粉で初めて受粉し、その数はセイヨウタンポポよりも少なく、着地した種は秋まで発芽しない。
 そういう訳で都会では人間の土地開発によって在来種は駆逐され、繁殖力旺盛なセイヨウタンポポだけが目につくらしい。
 ニホンタンポポを駆逐した犯人はセイヨウタンポポでなく人間様だという。

   ちなみに、在来種とセイヨウタンポポの見分け方は、花の基部を包んでいる外総苞片(がいそうほうへん)が反り返っている(外来種)かどうかで、写真のとおり、全く反り返っていないから在来種で、しかも少々小ぶりでカンサイタンポポであることは間違いない。カントウタンポポならそれはそれで新発見になる。

 圧倒的にはカンサイタンポポだが、ポツリポツリとシロバナタンポポもある。
 シロバナタンポポは近畿以南(以西?)という。
 以前にシロバナタンポポが珍しいと書いた折、土佐ではシロバナタンポポが珍しくないとコメントを貰った。
   今日の話はクールジャパンとは関係ないし、まして外国に向けてのヘイトとも無関係である。
 ニホンタンポポを駆逐しているのはこの国の人間だというだけのことである。

2019年4月25日木曜日

根粒バクテリア

   Q.蓮華草というと、A.根粒バクテリア、窒素同化作用という試験問題を思い出すが、詳細はよくは知らない。
 知っているのは植物など生物の成長には窒素も必要なのだが、無尽蔵ともいえる空気中の窒素を取り入れることは普通にはできない。なので田や畑にはその種の肥料が必要だ。

 ところが例外的に、マメ科の植物の根に付く根粒バクテリアはその種の無機窒素を窒素化合物(窒素肥料)に同化してくれる。故に田圃に蓮華草を撒いてそれをすき込んで土を肥やすのだ・・という程度のことである。

 ところでそんな蓮華畑を近頃はめったに見なくなった。
 肥料が安く?なったことと、苗の改良で田起し(代掻き)や田植が(蓮華草の開花よりも)早くなったせいらしい。
 そんなことで蓮華畑の情緒を惜しむのはもう時代遅れかもしれないが、少し寂しい気がする。

 その代わりと言っては何だが、昨秋、庭に蓮華草の種を蒔いたのが、丁度開花期を迎えている。
 最初はボンボリのように丸いが、そのうちに蓮の花のように環状に開く。なるほど蓮華草だと納得している。

 「やはり野に置け蓮華草」という格言がある。
 しかし、みんなが野に居てもよろしくない。若いリーダーは思う存分力を発揮せよ。
 年寄は若い人に席を譲って野で咲くのがいい。

2019年4月24日水曜日

シチリア人になるぞ

 朝のBGM代りのテレビで「世界ふれあい街歩き」イタリア・シチリア島編(再放送)が流れていた。
   彼の地ではごく普通なのだろうが男3人が路上ライブ?をしていた。
   シチリア民謡として有名な?「しゃれこうべの歌」を歌っていた。
 カメラ側のインタビュアーが「とても陽気な歌なんですね?」と聴くと、男は「シチリアはさまざまな民族や国に支配されて来たからね」とさらりと答えた。そういえばスペイン風の建物やアラブ風の建物もあるし、もちろんイタリアもフランスも。

映画「越境者」の主題歌にもなった
   先日、中央アジアのアーリア人の文化やゾロアスター教の印象を書いたが、ユーラシア大陸の民族の興亡、早い話が侵略戦争と逃亡の歴史は極東の孤島の人間の想像をはるかに超えている。
 哀しいからと面々と泣いて後悔して愚痴を言う演歌の対極といおうか、あまりの哀しさは、それらを突き抜けてこんな陽気な歌になったのだろう。

 選挙の結果は少々私の気を重くしているが、私もシチリア人になろう。
 堺の市長選挙もあるし参議院選挙(場合によってはW選挙)もある。
 原点に立ち返って、自分の思いを語っていきたい。

 ネット上に「新春シャンソンショー」さんのブログを見つけた。
 そこには歌詞の直訳が載せられていた。転載させていただく。
 シチリアの男3人はこの歌詞をとても陽気に歌っていた。


〽私は大砲の上のしゃれこうべを見た
 興味を持って尋ねてみた
 するととても辛そうに答えた
 (葬式の)鐘も聞かずに死んだと

 俺の人生は終わってしまった
 終わってしまって もうどこに行ったかわからない
 ここに来てから もう80年になる
 生きている人が呼んでも 死人は答えない

 この寝床をなおしてくれ
 そしてよく見てくれ
 もしここで俺の罪をつぐなえないなら
 もう一度生まれて汚れた血を流すだろう

2019年4月23日火曜日

自然体

 先日の元号発表で国書だ!国書だ!と騒いだ人がいるが、いつの間に少なくない日本人はこんなに小人物になったのだろう。
 漢字の奥には重畳たる中国文明があり、同時に訓読みやひらがなカタカナ、和製熟語という日本独特の発明があるのだから、東アジアの文明の中に自らを卑下する必要もないし、夜郎自大になることもない。

 先日私は、鯉のぼりの由来は後漢書の龍門にあるが、鯉の形にして空に泳がせたのは江戸期の名無しの職人だと書いた。
 万葉集の評価も過不足なく行うがいい。
 中国文明も素晴らしいし、換骨奪胎して自国の文化にした日本も素晴らしい。過不足なく、過不足なく。
 武道の基本は自然体。

   わが家の庭にはそこそこの大きさの鯉のぼりが泳いでいる。もちろん息子ファミリーに居る孫と娘ファミリーに居る孫のためである。
 ところが、親切の押し売りとその代価ではないが、二人の孫は祖父母の期待ほどには喜んでくれない。
 まあ、自分に子どもが出来た時にしみじみ思い出すだろうとは信じているが。
 そして、小さな孫は百均で買ってきた小さな鯉のぼりを振っては喜んでいる。

 なるほど、大きな鯉のぼりに対して自分(孫)は単なる鑑賞者(観客)でしかないが、小さな鯉のぼりは自分が操っている主役なのだ。
 同じように、5月にはOB会のパーティーがあるが、出席者に主役になってもらう工夫がいる。
 難しいことだが、そのように考え抜いてくれているという熱意は伝わるはずだと信じたい。

2019年4月22日月曜日

うるい

   庭の植木鉢にギボウシを放り込んでいる。なぜ「放り込んでいる」などというぞんざいな言い方をするかというと、繁殖力の逞しさについていけず、植木鉢に隔離してあるというのが本音である。
 花は紫色で、橋の欄干に取り付けられている擬宝珠に似ている。観賞用の草花。
 球根で冬を過ごし、春に芽を出しぐんぐんと大きくなる。

 その若い茎と若い葉が「うるい」という名の山菜で、それが山菜にありがちな苦味・えぐ味などが全くなく、ぬるっとした感じは極上のワケギかもしれないが、サッと湯掻いて酢味噌もいいし、各種ドレッシングも合う。そのまま生食でサラダの一部にもなる。
   わが家では、春先までは庭の水菜がサラダの主役であったが、その後のサラダの名わき役である。主役と言えるほどは採れないので「わき役」。

 写真は一番姿のパッとしない「ぬた」。
 山菜の本には、「たくさん採れた時には茹でてから干すと保存できる。干瓢(かんぴょう)そっくりで「山干瓢」と言われる」とあるが、それはまだ試していない。

 一昨夜は鍋に入れてみた。これが正解だった。
 なんと言っても小さな孫がパクパク食べてくれたから毎違いない。
 球根付きの苗、欲しい方にはお分けします。

2019年4月21日日曜日

中西進氏の記事

   20日(土)の朝日新聞朝刊に中西進先生のインタビュー記事が大きく掲載されていた。
 いうまでもなく新元号『令和』の考案者である。

 氏は、「令の原義は善」で「一番近い日本語は『うるわしい』という言葉だ」と指摘され、
 「和には平和への祈りも込められている」と述べられて、
 「終戦から約70年、日本人は自国の軍国化を何とか防ぎ、おかげで平和が保たれてきた。難しい局面が立ち現れているが決して越えてはいけない聖なる一線がある。軍国化をしてはいけないという一線だ」と明確に主張されている。
 さらに、戦前の『海行かば』の歌などについて、「国家主義的・軍国主義的な便宜のために、権力者に古典が利用されてしまった。二度とあってはならないこと」ときっぱり批判し、「漢字という共通性を持つ東アジアという大きな文化の中に日本はいる。排他的であってはならない。また自分を失ってもならない」と。
 以上、このインタビュー記事を忘れないでおこうと私は思った。

 初春令月 気淑風和 梅枝鏡前之粉 蘭薫珮後之香
 【中西進現代語訳】 時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。

 21日付け赤旗日曜版の『やく・みつるの小言・大言』は、安倍総理に対してインタビュアーが、「総理にゆかりの深い令が入って・・」「大手菓子メーカー創業家御令嬢の令」「これも一連の忖度かな」でつまみ出される。これも覚えておこう。

2019年4月20日土曜日

久しぶりに燃える ジョイナス

   確か黒田了一さんが「ウォームハートとクリーンヘッド」というようなことを言っていたことを思い出す。
 大阪衆院12区補欠選挙でいえば、彼の頭の中の葛藤までは想像できないが、きっと相当な逡巡の上であろう宮本岳志前衆議院議員の「男気」に私は惚れた。
 そしてネットで彼の地の運動(計画)を検索してボランティアで昨日も参加した。

 義を見てせざるは勇無きなり。
 放っておけないというハートと参加地を探すヘッドだと自画自賛。
 あえて言う! 世の中の変革を願うなら即、若かった頃を思い出し、即スマホに買い替えるべし。

 歳をとると時間の逃げ足が速くなる。
 気が付いたときに即実行しないと、手遅れになる。
 ”手遅れ”というと、自身の体力の低下を、がっかりするように昨日自覚した。
 宮本岳志さん応援の行動でバスや車で通り過ぎる人にコールをしながら手を振っていたのだが、なんと15分ほどで腕の疲れを覚えた。
 ええっ! こんな程度でわが腕は悲鳴を上げるんだ!

 声が出て足が動ける間に行動しないと人生に悔いが残るに違いない。それが昨日の教訓。
 心地よく疲れた昨日の行動だった。
 先日も言ったが、息子や後輩たちが財務局職員のように追い詰められなくても良いように私は政治を変えたい。
 安倍政治を止めさせたい。
 衆院大阪12区補欠選挙では、是非とも宮本岳志さんを国会へ送り返したい。

2019年4月19日金曜日

玄関から旅立つ

 昨日の介護施設の続きを書く。
 先日の統一地方選挙前半で、「家で死ねる街」というキャッチコピーがあった。
 非常に面白い提起であった。家族を包む地域のコミュニティーでそんな街を作って行きたいという政策と理解した。
 ただ、2030年問題を目前にして、私にはなかなか具体的イメージが固まらなかった。
 ズバリ言うが、家庭介護のどの部分を地域、つまり隣近所でカバーできるだろうか。
 ほんの一部、言い過ぎかもしれないが上っ面以上のカバーが正直想像できなかった。
 さらに、その政策の善意は理解するのだが、結局、「家庭介護が幸せ」、「施設入居は不幸」というような古い観念を助長し、「ポストの数ほど特養を!」という要望に水を差し行政の責任を免罪しないかとも心配した。前説おわり。

 先日、私の義母が入居している特養で亡くなられた方のご家族の話を聞いた。
 その方曰く、「葬儀社の方が、いろんな場所に伺うことがあるが、こんなに心のこもったお見送りは知らない」とおっしゃったということだ。
 実は以前に、私の実母も、参加できる限りの入居者とスタッフに送られて、お別れの会を経て玄関から送り出していただいた。
 そのときはそのことの良い意味での”特異さ”に気が付かなかったのだが、多くの病院や老人施設ではそうではなく、できるだけ「人目を避けて」裏口から出ていくということらしい。確かに、病院の玄関で、亡くなった方のお見送りはふさわしくないかもしれない。それも解る。
 だから、堂々と?玄関から旅立たせていただいた施設に感謝する。
 そもそも入居のときに、そのときはそんなものかという程度にしか理解していなかったが、他の人のお見送り用に黒い服等もできるだけ用意しておいてほしいといわれていた真意がようやく理解できた。

2019年4月18日木曜日

老人ホームの家族会

 全国的にも珍しいようだが老人ホームの家族会があり、過日の定期総会で役員を留任することになった。
 先輩諸氏の敷かれたレールの上を転がっているだけだから大層なものではない。
 ところで、414日付け朝日新聞・朝日歌壇に次のような歌があった。 
高野公彦選 三島市福崎享子さん
ロボットが介護担ふ世は遠からぬ 夢だが誰も見たがらないゆめ
同感である。介護はつまるところ”人”だと私は思っている。そして、その”人”とは介護のスタッフだけでなく、家族もまた当然その”人”なのだろうと思う。
入居者と施設を繋ぐ家族会があって、介護により心がこもってくると信じている。

深い洞察もなく「家庭介護が幸せだ」「施設への入居は可哀相だ」という声も聴く。ほんとうにそうだろうか。先の歌壇には次のような2首もあった。
永田和宏選 埼玉県 島村久夫さん 
死を願う心起こりしこと無きや母看る我に問いし人あり
同 大洲市 村上明美さん
親の死を待ってるような生き方はいやだがほかの選択がない
選者(永田和宏)評は、介護の精神的な辛さは明るい出口が望めないことにあろう。綺麗ごとでは済まない酷薄な現実がそこにはある。・・であった。

私が評すればこうなる。「どうして施設介護を選択しなかったの」。


   そういう「現実」に向かって我が家族会は何をしているかというと、夏祭りをしたり餅つきをしたりと、結構楽しくやっている。
   保育園の保護者会よりも自由に楽しんでいる。
「現実」の辛さに額を寄せ合って暗い顔をしていても始まらない。というか、そういう現実があるからこそ明るい発想を大事にしている。

あなたも私も必ず到着する終着駅だ。楽しい終着駅をもっと模索してみたい。