2018年5月26日土曜日

朧月夜

   この列島の先人たちが「春霞」などと言って風情を感じていた現象は実は「黄砂」だったという科学的で無粋な解説がある。無粋ではあるが正しいことらしい。

 24日はその黄砂が酷かった。くしゃみと鼻水は花粉症の薬を飲んだらずいぶんマシになった。
 25日の夜はそのせいか朧月夜であった。
 朧月は春の季語であるかどうかということとは関係ない。事実そうだった。

 〽 蛙(かわず)の鳴く音も かねの音も という歌詞のとおり、水はりの終わった田圃から蛙の声が聞こえてきた。
 田圃はけっこう離れているのだが、夜になるとベランダに聞こえてくる。
 先日バードバスに蛙の浮き球を投げ込んでおいた。
 彼奴が鳴いているように想像することにした。

 24日に車を運転しながら孫の夏ちゃんに田圃の水はりを「もうすぐ田植えだよ」と説明した。少しこましゃくれてきた孫は「それで?」と言い返す。「夏には花が咲き秋には稲穂ができる」「それで」「籾をとってお米になる」「それで」「糠をとって白米にする」「それで」「お水で炊いてご飯になる」「それで」「夏ちゃんが食べる」「それで」「体中の力になる」「それで」「残りは夏ちゃんはのうんちになる」「それで」「うんちは黄金虫が肥料にする」(この辺りから嘘になるが)「それで」「肥料は田圃に撒いて次の栄養になる」「それで」「田圃に水を入れて田植えをする」・・・。
 
 人糞を肥料にする時代は過ぎ去ったがまあ概ねいいだろう。
 夏ちゃんが学校でそんなことを言ったら先生はどういうだろうか。

 私は小学1年生のとき「お米のできるまで」という発表を手作り紙芝居で参観日にした。
 田圃の周囲の人間を「正面向き」のままで寝かしたり反対向きにして描いた。
 『できたお米を調べて、よいお米は「内地米」悪いお米は「外米」になります』と発表したことを今でも思い出す。
 日頃の大人の会話からてっきりそうだと思っていた。
 時代は「戦後」だった。お米にはいっぱい石が混じっていたからお盆の上で石をとった。この話を妻にすると妻は石とりの記憶がないという。この差の理由は判らない。

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