2018年1月20日土曜日

玄冬小説

 芥川賞を受賞した若竹千佐子さん『おらおらでひとりいぐも』は既にある青春小説というカテゴリーに対して『玄冬小説』と呼ばれている。
 青春、朱夏、白秋、玄冬は陰陽五行説による四季のことだが、『玄冬小説』はそれを人生に例えた新語というべきで、時代は『玄冬小説』の興隆を予感させている。
 単純な青春小説なんぞではなく、酸いも甘いも噛分けた人生小説こそ大人の小説かもしれない。
 ただ私は、なんとなくその風潮には乗りたくないなという、漠とした拒絶反応を覚えている。

    親の介護をしていると、人は子どもに帰っていく。それでいいのだと思う。
 複雑に入り組んだ『玄冬小説』に共鳴して評論するより、単純な正義感に共鳴して素直に元気を出そうと思う方がいい。
 それを「退行現象」と嘲笑われてもかまわない。

 と偉そうなことを言ってみたが、この文は、私が岩波ジュニア新書を好きなことをただ言い訳しているだけかもしれない。(文庫でなく新書なので基本的には小説ではないが)
 書店の棚に手を伸ばすのに少し恥ずかしい気持ちがないわけではないが、これまでもこれ(岩波ジュニア新書)を何冊も買った。
 そして、今回購入して読み終えたのが千葉聡著『短歌は最強アイテム』だ。
 裏表紙の宣伝文句を拾ってみる。
 「ちばさと」の愛称で親しまれる国語科の熱血教師で、歌人でもある著者が、短歌を通じて学校生活の様子や揺れ動く生徒たちの心模様を描く青春短歌エッセイ・・・・とある。

 きっと退行現象なのだろうが、読んでいて楽しかった。出来過ぎでは!などと斜に構えて読むのはよした。
 「大人たちは頭が固いので、事実をありのままに見ることができない」とはサン・テグジュペリのことばだったなあ。
 俵万智著『チョコレート語訳 みだれ髪』を書架から引っ張り出した。

  歌をかぞへその子この子にならふなのまだ寸ならぬ白百合の芽よ
                    与謝野晶子
  白百合の芽を持つ若き人たちよ振り回されず我が歌を詠め
                    俵万智チョコレート語訳

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