2016年2月27日土曜日

抜かるる前にと誘う娼婦ありぬ

  前回の記事で、ベトナムの母親が「今の若者は親たちの戦争(ベトナム南部民族解放戦争)の苦労を知らない」と語ったことにいささかのショックを受け、体験したり聴き学んだりした歴史を正しく継承することの難しさに触れてみた。
 そういう問題意識が頭の隅に残っていた頃、2月22日付け朝日歌壇永田和宏選に 『睾丸(こうがん)を抜かるる前にと吾を誘う娼婦のありぬ敗戦の夜(福島県)古川利意』というのがあったので、「何故これが朝日歌壇に選ばれたと思う?」と娘(一児の母)に問うたが、「解らん」との答えだった。
 それもそうだろう。ベトナムの母親ではないが、このギャップというか風化こそが現代ニッポンの、そして我々のテーマであるような気がする。

  古川さんの短歌に戻ると、蛇足ながら、敗戦時多くの街では「鬼畜米英が進駐してきたならば、日本男子はすべて去勢され女子はレイプされる」とのうわさがほんとうに信じられていた。※
 去勢つまり男子は睾丸を抜かれるのである。
 そのため、地域によっては「女子は下着を何枚も重ねて穿き、その上にしっかりとモンペで覆うこと」という回覧板が回ったところもあるという。

 これを「まさか?」「大げさな」と思うのは現代人の感覚で、兵隊の経験のない人であっても、戦地でレイプを重ねてきた日本兵の数々の「自慢話」をこれでもかと聞いてきた人々は本気の本気でそう思っていたのだった。
 解釈すれば、帝国軍人が公然の秘密のように犯してきた責任に対して受けなければならない日本国民共通の罰として、そういう仕返しは大いにあり得るという暗黙の共通認識があった。

 という歴史認識が前提にあってこそこの歌の哀しさが伝わるのである。
 写真の主婦の友の表紙に「アメリカ人をぶち殺せ!」とあるように、「戦局の危機の折りには神風が吹く」「米英は鬼畜の野蛮人である」「去勢やレイプをされたくなかったら国のいうことを聞け」、そういう言葉が本気で信じられ、「そんなはずはないだろう」と言えば「非国民!」と殴り倒される時代の最終ページの述懐の歌である。
 もちろん、それが秘密保護法や戦争法、そして緊急事態法を含む憲法改悪の現代の動きと二重写しで歌われていることはいうまでもない。
 だから若い人たちに、「この国に、そんなに旧くはない時代に、こんな敗戦の夜(時代)があったのだぞ」、「お伽噺のような宣伝を多くの国民が信じ込まされたのだぞ」と遺言のように歌ってくれたのだ。

 日系企業の進出した中東でテロが繰り返され、北朝鮮が事実上の「核」弾道ミサイル実験を行うというようなニュースにまみれていると、「軍事力が戦争抑止力になる」というような単純な主張に世論がなびき、戦争法や憲法改悪さえも「しかたがない」と是認するような世論の広がるのも故ないことではない。米国のトランプ現象は別世界のことではない。
 しかし、そういう素朴な「無批判」こそが、言いたいことも一切言えない軍国主義を完成させたというのが一番大事な歴史から汲みとるエキスだろう。
 ならば、戦争や戦後を知っている大人たちが、知っている限りの話を語るときだと私は思う。
 所轄の大臣が、気に入らないテレビ局は免許を取り消すと言い始めているのだ。
 
 ※ 『敵のほざく戦後日本処分案(主婦の友 昭和19年12月号の記事)
 働ける男は奴隷として全部ニューギニア、ボルネオ等の開拓に使ふのだ。女は黒人の妻にする。子供は去勢してしまふ。・・・ありとあらゆる形の不具を作るのだ。

1 件のコメント:

  1.  イギリスの有力紙ガーディアンとエコノミストがそれぞれ異例ともいえる記事を書き、日本の3テレビ番組の古舘、国谷、岸井の3キャスターの降板は官邸の圧力によるものだと厳しく批判した。
     国境なき記者団という国際NGOが世界180の国の報道の自由度ランキングを公表しているが、日本は昨年度61位とされている。
     なのに当の日本人は「マスコミはあかん」というばかりで有効に反撃できていない。ネットでもミニコミ紙でもいいから、思ったことを表明することが大切ではないかと思っている。
     日本人はメディアを通じて去勢されているなどと言っている場合ではない。

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