2015年6月15日月曜日

汝 蛾は哀れ

  蝶目(チョウ目)の昆虫は世界で約15万種が知られているが、実際には30~50万種はいるといわれていて、日本には約6240種知られているが、そのうち約6000種が蛾と呼ばれている。(だから、蝶は約240種)
 そもそも蝶と蛾ははっきり区別することができず、蝶目の中で ●昼間に活動し ●触覚の先が膨らんでいる・・のが蝶と呼ばれている。
 そして、多くの蝶は人間に愛でられているが、ほゞ99%の蛾は人間に忌嫌われ、その落差はあまりに大きく、蛾にしてみれば「あまりに理不尽だ」と訴えたいだろう。
 鈴木孝夫著『日本語教のすすめ』新潮新書によると、フランス語、ドイツ語、ロシア語には蝶と蛾の区別がないそうだから、彼らの訴状には十分に説得力がある。
 ゲーテの詩の一節を、『隔たりも汝は物ともせず 追わるるごとく飛びきたる ついには光をこがれしたいて 蝶なる汝は焼けほろびぬ』と訳した訳者はそれを知らず、日本語の区別が世界の常識だと思い込んでいたと指摘している。(ランプの灯に飛び込んで焼け死ぬのは蛾である! 思い込みとはなんと強力なものか)
 続けて著者は、胡蝶蘭のことを近頃は『ファレノプシス』と呼ぶことが多くなっているが、ファレノとはギリシャ語の『蛾』ファライナからきており、オプシス(~に似ている)と繋がって『蛾みたいな花』で、その命名は正確かも知れないが胡蝶蘭のほうが似合っていると述べている。
 さらにさらに、ギリシャ語のファライナは『蛾』という意味と『鯨』という意味があり、通常は同音異義語=発音は同じでも関係のない別の言葉・・と言われていたが、著者はちゃんとした立派な関係があると論を進めた。
 結論を言えば、元々は奥地に住んでいて蛾は知っていたが鯨を知らなかった古代ギリシャ人が、尾の形が蛾を思わせるこの海の動物に出会ったときにファライナを転用したのだと。・・・むむむ、お見事。(写真を参照)
 あらゆる定説なるものは後で学べば容易いことも多いが、それを最初に思いついた人はエライ。
 著者は一年の大半を山小屋暮らしという動物好きな懐の深さがあったので、テキサス大学図書館でこの大きな写真を見た途端閃いたそうだ。
  さて、去年の今頃も書いたが、今年も庭にウメエダシャクという蛾が大発生している。
 大発生をしてユラユラ飛ぶので蛾といえば文句なしに蛾なのだが、昼間に飛ぶし蝶といえば蝶にも見える。
 丁度よい程度の動きなので孫に網を持たせたら、何度も失敗の後初めて補虫網でこの蝶(蛾)を空中でゲットした。もちろん、親には祖父ちゃんではなく「自分が捕った」と自慢した。そして網の中に手を入れて上手に虫籠に収めたから、師匠の祖父ちゃんは目を細めている。
 孫の初狩猟だから当分の間、ウメエダシャクは蛾ではなく蝶ということにしておこうと思っている。前述のとおり決定的な誤りとは言えないだろうし。
 エダシャクの幼虫は毛虫ではなく尺取虫だから少しだけ気分はおおらかである。


1 件のコメント:

  1.  今年もうんざりするほどウメエダシャクが大発生し、一方、孫がそれを空中で補虫した。で、そういえば『蛾と鯨の名前が同じ訳』というのを読んだなあと思って本棚を探し始めたが判らない。昆虫の本だったか?博物のエッセイだったか?諦めかけた頃、言語のところでこの本をようやく見つけた。だから、この記事を書くよりも本を探し出す方が何十倍も労力を費やした。

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